新たなナイトオブラウンズ、ナイトオブセブン柩木スザクを加えこれで八人となった。まだ空席がちらほらと見えるが既に国の三分の一を手に入れ、シュナイゼル指揮の下EUへの侵攻も着々と進んでいる現状ではこのままでも充分問題ないように思えた。変人だらけと言っても過言ではないラウンズの中で、ナイトオブセブンはジノから見てもかなり面白い人物に思える。経歴だけを見てもかなり面白いものがあるが、実際会話してみると面白さは更に倍増した。
何というか、真面目なのだ。
仕事に真面目と言うところだけを取ればナイトオブワンやナイトオブシックスも当てはまるのだがこれが私生活まで真面目だから面白い。同僚だから名前で呼べと言うのになかなかジノとは呼ばないし、敬語も抜けない。
(さてと、今日は何を教えてやるかな)
気分はすっかり先輩の気分。
何でもそつなくこなしてしまうライと違い、スザクはまだこの世界での勝手がよく分かっていない。それも当たり前でナイトオブラウンズとは軍の中にいて、軍の規則に縛れる事の無い特殊な騎士なのだ。命令を出せるのは皇帝のみで、皇族とて皇帝の許しが無ければ彼らを動かす事は出来ない。
昨日は確か宮殿内とイルバル宮の案内をした、一昨日はラウンズが集まるラウンジの場所を教えたし、あとジノが出来ることと言えば他のラウンズの紹介をすることだろうか。ナイトオブワンのビスマルクは純粋に強さを追及している騎士だから、ナンバーズ出身のスザクが挨拶しても嫌な顔はしない。表向きは。次にナイトオブスリーの自分は省く。ナイトオブシックスのアーニャもそう言うことには拘らないどころかスザクに興味があるのかすら分からない。ナイトオブナイン、ノネットはあの性格を考えれば心配することも無いだろう。ざっくばらんで細かい事は気にしない、それがノネットと言う女性だ。ナイトオブトゥエルブ、モニカも今のところスザクに関して何か言ってはいない。
問題は、ナイトオブテン、ルキアーノ・ブラットリーとナイトオブサーティン、ライ。ナイトオブテンは誰にでも絡んでくる。と言うか現在進行形で自分にもよく絡んできている。主に互いの家の仲があまり宜しくないこともあるのだが、ジノとしてはあまり気にしていない。相手にしていないというのが正しいのかもしれないが。
一番の問題は、ライだ。
この前の御前試合のライや試合後のスザクの顔を見ていると、どうやら二人が初対面で無いことは分かる。以前ならば宮殿の廊下ですれ違うこともあったライが、ジノがスザクと歩いている時にだけ全く姿を見せない。
(怪しいよな、やっぱり)
ライに聞いたところで知らないか関係ないと言われるのがオチだ。
攻めるなら、スザク。
ラウンジを案内した時も、格納庫を見せた時もジノの説明を聞きつつスザクはいつも誰かの姿を探している素振りを見せていた。あえてそこで誰か探しているのか、とは尋ねなかった。誰を探しているか分かっている、ライだ。間違いない。
****************
「スーザクー!」
「ヴァインベル……」
「ジ・ノ」
「あ、はい。ジノ」
イルバル宮を辺りを見回しながら歩くスザクの背に、どかりといきなり重たいものが圧し掛かってきた。前のめりに倒れそうになる体を右足を一歩踏み出し耐えたスザクは自分の顔の横でにこにこと笑うジノに苦笑いで答える。
「何してるんだ、こんな所で」
「この前の御前試合の報告書をミス・ベアトリスに渡そうと思って……」
「渡そうと思って?」
「――迷いました」
「あっはっは!」
耳元に響いてくる大きな笑い声にスザクは恥ずかしそうに俯き「すみません」と言葉を繋げる。敬語もいらないと歓迎会でも言ったのだが生粋の軍人なのか、中々普通に話してくれないのは残念だが今はそれよりもこの前散々案内したイルバル宮で迷っているスザクの姿が面白くて仕方なかった。迷うといけないからとわざわざメモまで取っていたのに、迷っているなんて。笑いすぎて涙すら浮かんできた自分の目元を指で拭いながらいつものポーズを取ったまま、まだ着慣れていないのかしきりに首元を気にするスザクを見る。
「ベアトリスに報告書って、お前真面目だなぁ。口頭で御前試合しました、引き分けでした。でいいじゃないか。アーニャなんていっつもそんな感じだし」
「そういうわけには……」
「まともな報告書出したってここは違うとか色々言うんだよあの根暗秘書は。だったら最初から適当なやつ出して、そこだけ直せばいいんだって」
新人にいきなり手の抜き方を教えるのはどうかと思うが、実際ベアトリスが何も言わず書類や報告書を受け取ったためしが無い。ジノなど何度自分が一生懸命作った報告書を手にも取らずに突き返された事が何度もある。
「ライは最後はもういいって言って諦めて報告書すら出さないしな」
「!」
スザクの困っていた顔が、驚きに変わる。
ジノはわざとここでライの事を話題に出した。格納庫でライの影を見た時や、アーニャがライの名前を呟いた時と同じ顔。
「……会いたいか? ライに」
低い声で囁いて見れば、驚いたスザクの顔がジノの悪戯っぽい青い瞳に映った。
避けられているのは、自分でも分かっていた。いや、それ以前にあれが本当に自分の知るライなのかどうかもスザクは答えを得ていない。珍しい名前ではないし、あまり見ない髪色ではあるがブリタニアでは珍しい過ぎる色では無いのかもしれない。染めている可能性だってある。
そう自分に言い聞かせ、気にしないようにしていたがジノの声を引き金に抑えつけていた疑問が一気に吹き上がってきた。
「知り合いなんだろ、あいつと」
「……はっきりと見たわけではないので、確証はありませんが」
「ならその確証とやらが掴めるかどうか、確認しに行くか」
「え、でも自分は……」
「報告書なんて後! 迷ってたらあいつ、逃げまくって顔合わせる前に遠征するかもしれないし、会うなら今しか無いって」
(ライ……)
スザクの瞳に力が篭る。
感情の箱から色々な感情が漏れ出す。
風のように現れて、風のように消えた少年。あの事件で怪我をしたのかと思い、セシルに頼んでエリア11内にある病院を調べてもらったが、怪我をして入院した少年はいないとのことだった。もしかしてあの事件がきっかけで記憶を取り戻し、その代わりにここにいた時の記憶を失ったのかもしれないと誰かが言っていたが、本当にそうなのだろうか。
ジノはスザクの答えを聞かず、首に腕を回した体勢のまま引きずるようにある場所へと向かう。スザクの事を避けているライでも、日課にしている格納庫での愛機のメンテナンスは整備士のスケジュールもありそう簡単にずらすわけにはいかないだろう。狙うのならば、そこだ。
「ライ卿、どうかしましたか?」
「……いや、何となく嫌な予感がしただけだ。ライオンが笑ってるような」
「はあ?」
格納庫で整備班から上がってきた報告書のファイルをめくっていた手が止まり、身震い一つする。何かとてつもなく悪い予感、出来るならここから全速力で走って逃げ出したい衝動に駆られたがぐ、っと耐え細かいところまでメンテナンスされている愛機の状態を見上げる。
元は別の名前がついていたはずなのだが、EUでの戦いで味方を庇い頭部を吹き飛ばされたまま戦った事から本来の名とは違う、愛称のように付けられたデュラハン。元は頭部の無い女性の妖精から来ているらしいのだが首の無い騎士と言う方が知られている。どちらにしろ首が無いと言うのが共通点らしいがどんな愛称を付けられようがライにはあまり興味が無かった。
「神経電位接続のチェックは?」
「これからです。バトレー将軍からその部分はあまりいじるなとの命令が」
「……V.V.の間違いじゃないのか」
「ライ卿!」
「ふん……」
ラウンズはそれぞれ専属のナイトメアのチームを持つが、その中でもライのバックアップをしているチームは謎に包まれていた。バトレー将軍率いる研究チームと言う事だけが発表されているだけでその中身は他のラウンズも知らない。知っているのは、皇帝だけとも言われている。知っているのが皇帝だけと言われてしまえば他の人間は何も言う事は出来ない。ブリタニア皇帝とは唯一絶対の存在。彼が白を黒と言えば、倣い黒と言わねばならない空気すら漂っている。
いつにもまして棘だらけのライの様子にデュラハンの担当整備士は触らぬ神になんとやらとばかりに次々とチェックを終えていく。一刻も早くここを去りたいんだ、早くしろと言わんばかりのライからのプレッシャーを受けながら。
「おーい、ラーイ!」
嫌な予感は的中する。いや、嫌だと思っていた予想の上を行っていた。ジノがいつものように自分をからかいにきたのならば、まだいい。いつもどおりあしらえばいいから。だが、今回はそう簡単にあしらってさっさと逃げられそうにはなかった。
ジノの腕につかまれている、真新しい騎士服の少年がいるために。
「用も無いのに格納庫に来るな。他の人間の邪魔になる」
声のする方にわざと背中を向け冷たく突き放す。他の人間とやらは三人のラウンズの姿を見るとくもの子を散らすように四歩八方へと隠れ邪魔をしないようにと気を使うが、ライからすれば余計な気の使い方にしか見えない。
隠れたいのは自分の方なのに。
これぐらいではいそうですかとジノが退散しない事を知っているライは聞こえるようにわざと大きな舌打ちをした後、目を細めて振り返る。
やはりいた、スザクがそこに。
「お前の友達連れてきてやっ……」
「人違いだ」
言い終わる前に言葉を被せ、ジノを睨みつける。見知らぬ人がこんな目で見られたら恐ろしさで竦んでしまうだろうがジノは笑ったか顔を崩さず、それどころかライを指差しスザクに何かを言っていた。
何を言われたのか、顔を下げていたスザクの顎が上がり意を決したようにライを見る。
「あの、ライ……だよね? 僕だよ、スザク。柩木スザク。アッシュフォード学園で一緒だった」
「…………」
「皆心配してたよ、君がいきなりいなくなって。怪我したんじゃないかとか。まさかナイトオブラウンズになってるなんて思わなかったし。ライ、君はあれからどうし……」
「何度も言うが、人違いだ。初めまして柩木卿、僕はライ。ナイトオブサーティン、首無し騎士、裏切りの騎士とも呼ばれてる。ジノに何を言われたか知らないが、君と僕とは初対面だ」
「そんな……」
何か期待した緑の瞳で見つめてくるスザクの目を、ライの冷たい青い瞳が真っ直ぐ見返し期待全てを凍らせ、破壊する。
前に立つ姿、服は違えど声、瞳の色、顔、髪の色、そして名前も全てスザクの知るライだと言うのに本人が違うと強く否定する。まるで何処かの誰かと間違えてるんじゃないのか、と嘲笑すら込められたライの言葉にジノの腕の中のスザクの体がびくりと一度大きく震えた。
(間違いない、ライだ。でも、僕の知ってるライとは様子が……)
窺うスザクの上で、ジノは微かなライの変化を見逃さなかった。スザクは強く否定されてしょげているようだったが、あの感情を表に出さず最低限の事しか口にしなかったライがここまで感情を出して喋るのは珍しい。
御前試合の時、確かにライはスザクを見て「どうして」と言っていた。そこからして二人は初対面ではないと知り。二三日の状況からライが一方的にスザクを遠ざけようとしている風に見える。
実はジノもスザクとライが知り合いだった確証はあったが、スザクのように『過去』の彼を知らない為スザク程の強い確信は無かった。最初はただの好奇心、これだけ。
あの仏頂面のライが、スザクと会ったらどんな顔をするかそれが見たくてスザクの助っ人をかってでたのだがそれがこんな面白い結果をもたらしてくれるとは。
(へえ、結構焦ってるじゃないか、ライ)
人の悪そうな笑みを浮かべ、表向きは冷たい振りをしているライをライより明るい青い瞳で見つめながらジノはこれから一波乱ありそうなこの空気を肌で感じ静まる格納庫の中一人、楽しそうな、場違いな空気を醸し出していた。
(しばらくは楽しくなりそうじゃないか。なあ、ライ?)

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