「こ、こんにちは」
あー、来ちゃった。来ちゃったよ春歌。
お袋が電話切った後フォロー入れようと思ったのにお袋が「人質は大人しくしてろ」とかわけわかんねーこと言って俺の携帯自分の着てるセーターの胸元に突っ込んで「取れるものなら取ってみろ!」とか言うし。小学生じゃねーんだぞ! っつーか母親の胸元に手突っ込んでる所春歌に見られたらどうすんだよ!
「うむ、よく来たな小さき方の息子の女!」
「生々しい言い方すんじゃねーよ!!」
胸元に携帯突っ込んだままのお袋が仁王立ちで迎えると、頭が床につくんじゃないかって勢いで春歌が頭を下げる。薫は春歌に会ってるけど、お袋とは初対面だもんな。嫌な初対面だな、おい。
「こんにちは、七海さん。ごめんね、翔ちゃんとお母さんが迷惑かけて」
「俺は何もしてねーだろ薫! お前だって俺羽交い絞めにしただろ!」
「ごめん翔ちゃん、ボク強い方の味方なんだ」
「あっさりお袋のが強いって言ってんなよ!」
まるで自分は関係ない、春歌と同じで巻き込まれたんだみたいな言い方で薫が春歌に向かって言う。すぐに俺もお前も関係者だろって言っても真顔でそんな事を言い返してくる。お袋に頭上がらないとか春歌にばれたじゃねーか……。ああ、あいつの前では格好いい俺でいたかったのになんでこんなことに……。
「すぐに来ようと思ったんですけど、お土産を忘れてしまって遅くなりました。ごめんなさい! あ、これドーナッツです」
「わあ、ありがとう七海さん。すぐお茶淹れるね。コーヒーがいい? それとも紅茶?」
「あ、ありがとうございます薫くん。手伝います!」
「いいよ、お客さんなんだからゆっくり座ってて。それにボクと一緒にキッチンに立ったりしたら翔ちゃんが嫉妬しちゃうよ?」
「しねえよ!」
俺を完全に置いてけぼりで話が進む。この混乱呼んだ原因のお袋は暢気に自分はコーヒーがいいだとかこの抹茶とシナモンのドーナッツは自分のものだとか言ってるし。どんだけ自由だよ。あとシナモンのドーナッツは俺がもらうからな。
薫がキッチンにお茶を淹れに行くと、春歌が俺の方を見てちょっと眉を下げて困ったように微笑む。多分いきなり家に来たのを申し訳なく思ってるんだろうけど気にすんな。大体お袋のせいだから。
「春歌、座れよ。急いで来て疲れただろ?」
「うん、ありがとう翔くん。じゃあ失礼しま……」
「待った」
「え?」
「なんだよお袋」
俺の隣に座ろうとした春歌をお袋が制止する。いやその前に突っ込んだ携帯電話いい加減返せよ。セーター伸びるぞ。そして何を思ったか、自分の隣を指差す。おい、春歌に隣に座れって……。ただでさえ俺のお袋ってことで緊張してる春歌が可哀想だろ。って言っても聞かないんだろうな、きっと。困った顔でこっちを見る春歌にできるだけ安心させるように笑って見せると、安心したようにお袋の隣に春歌が座る。ソファの端っこに。ちなみにお袋はソファのど真ん中に座ってる。
「初めまして、小さき方の息子の彼女。母です」
「は、初めまして! あの、あの、七海春歌と申します! 翔く……。翔さんとお付き合いさせっ、させていただいてまふ!」
「おーい、落ち着け春歌。お袋こんなだけど、取って食ったりはしないから。あといつもどおりでいいから」
「ふふん、それはどうかな」
「余計な茶々いれんな」
緊張しすぎて噛みまくってる春歌可愛……じゃなくて、可哀想だろって思って俺が助け舟出してもお袋がその舟を沈めようとしてくる。普段ならこんなの冗談て春歌も分かるんだけど、今日は俺の実家でしかもお袋がいるからな、緊張してるんだろ。俺が反対に春歌の実家で、春歌の家族目の前にしたら同じぐらい緊張すると思うし。
「こうして顔を合わせるのは初めてだな。小さき方の息子から色々話は聞いているが、どうだ? デリカシーの無い事をしてないか? お風呂覗かれたとかいきなり押し倒して来たとか素敵ハプニングは起こってたりしないか?」
「いきなり何聞いてんだよ! 初対面の人間に振る話題じゃねーだろ!」
「よそはよそ、うちは……」
「それはもういい!!」
いきなり何言い出すんだこのお袋は。普通こんなこと聞かれて答えられる奴いないだろうが! 大体俺は春歌の風呂覗いたり押し倒したりしたりしてな……いや、したな。うん、いきなりではないけど、したな。しかも上半身裸で。
やべ、俺が赤くなってどうすんだよ。
「翔くん、すごく優しいです。わたしの事をすごくすごく大切にしてくれてます!」
「春歌……」
俺の事を一生懸命お袋に春歌が伝えてくれる。どれだけ自分にとって俺が大事かとか、すごいとか沢山言ってくれた。俺のほうこそ春歌に手術で側にいてやれなかった事とか色々あったのに、ごめんな春歌。でも、お前がそういう風に想ってくれてるんだって分かって、俺すげー嬉しい!
「小さき方の息子」
「なんだよお袋」
「いい物件だ、逃すなよ」
「あほか!!」
春歌の言葉を聞いてたお袋がおもむろに俺の方を向いて親指立てながらそんなことを言う。あのな、本人目の前にして物件とか言うな。あと春歌も照れてんじゃねーよ! お前物件扱いだぞ!?
「落ち着いて翔ちゃん。お母さんの言葉いちいち本気にしてたら血管がいくつあっても足りないから。はい、七海さんは紅茶で、お母さんと翔ちゃんはコーヒーでよかったよね?」
キッチンからトレイにカップと春歌からのドーナッツを載せて戻ってきた薫が苦笑しながら言う。おい薫、何気にお前が一番ひどいこと言ってる気がするのは俺の気のせいか。
テーブルにカップとドーナッツが並び、やっと一息つけそうな空気に深呼吸を繰り返す。カップから立ち上るコーヒーの香りが俺を落ち着かせてくれる。そういや家に帰った時から俺でかい声ばっかり出してた気がするな……。
それからしばらくは、落ち着いた雰囲気で進んだ。学園での俺のこととか、薫がいきなり来た時の事とか色々。お袋は俺たちが話す様子を楽しそうに聞いてた。自分が居ない間息子たちがどう暮らしてたかってのは、やっぱ気になるもんなんだな。電話とか手紙とか、親父からも聞いてるはずだけど、やっぱ本人たちと話すのとは別みたいだ。
お袋は破天荒な所も沢山あるけど、俺の為にがむしゃらに働いて治療費稼いでくれたり、やっぱりいいお袋だと思――。
「で、だ。未来の娘。神社の暗がりはどうだった?」
「ブファ!!」
しみじみお袋の事を改めて考えながらコーヒーを口に入れた俺が、盛大に吹き出す。いや未来の娘とかの方は俺も将来的にはそうなって欲しいと思ってるし、そうしようと思ってるけどそうじゃなくて!
「神社の暗がり、ですか?」
聞くな! 聞くな春歌! 春歌にはあの手紙見せてねーんだよお袋! 浴衣を春歌に送ってきたってのは本人にも言ったけど、暗がり云々は言ってないんだって! 普通に考えて言えないだろ!? ここ、お袋がお勧めの暗がりなんだぜ? わあ、そうなんですかーってんな会話できるわけがねーだろ!
「なんだ、その様子だと使ってないのか。かなりお勧めのスポットだったのだがな、あの神社の暗がりは」
「なんのお勧めだよ!」
「なんのって、絶好の襲いポイン……」
「わー! わー!!」
普通にどういう風にお勧めか説明しようとするお袋に、春歌の耳を両手で塞いで怒鳴って止めさせると、お袋は片眉を上げつまらなそうに溜息をつく。俺の行動に、使ってないってのが分かったみたいだった。いやつかわねーよ! むしろ浴衣姿の春歌が可愛すぎて動き止まったレベルだよ俺は!
「翔ちゃん……」
薫も薫でかわいそうに、みたいな顔でこっち見るしなんなんだお前等は。一体何がしたいんだ。あれか、俺いじめ? 来栖家あげての俺いじめか? くそ、親父がいてくれたらこんなことには……なるな、むしろ面白がって更に酷いことになる。
「こういうことははっきりさせた方がいいだろう。男らしくないぞ、小さい方の息子」
「男らしいの使い方が天と地ほどちげえよ!」
お袋が聞きたいのは前、春歌のために浴衣を送ってきてくれた時の事。春歌もすげー喜んでたし、可愛かったしよかったんだけど、問題はお袋が書いた手紙だ。神社の暗がりがお勧めだぞとか書いてたお袋の手紙。お袋が何を意図してその場所の事を書いたのかは俺にだって分かる。分かるからこそ困るんだよ! 息子とその彼女目の前にして堂々と聞くか普通。いや、薫とお袋三人の時に聞かれても困るけどさ。
「あの、薫くん。翔くんとお母さんは一体なんの話をしてるんでしょう?」
「ん? 七海さんがいつボクのお姉さんになるかって話だと思うよ」
「薫ーーーー!!!!」
ちょっと隙見せたらこれだ! 事態の飲み込めない春歌の質問に薫は悪気なんてこれっぽっちもないような笑顔でとんでもないことを言う。だから将来的にはそうなりたいけどまだ早いって言ってんだろ! 心の中で! 通じろ双子なんだから!
「春歌。帰るぞ」
これ以上ここにいるとこの二人に何を言われるか分かったもんじゃない。ここに更に親父が加わってみろ、もう俺じゃ止められないことになるぞ、主に春歌を可愛がる的な意味で。絶対俺のこと根掘り葉掘り聞いてにやにやするんだろうしな! だったら先手打ってさっさとここから離れるのが一番だろ。
「まだ来たばかりじゃないか。むしろ泊まっていけ、未来の娘。晩御飯は和食が食べたい。焼き魚と煮物がベストだ」
「何春歌に晩御飯まで作らせようとしてんだよ!」
「はいっ! わたしでよければ喜んで! 何か苦手なものとかありますか?」
「お前も作る気満々でいるんじゃねぇぇぇぇ!!」
帰る、もう絶対帰る。このままここにいたらやばい。主に俺の喉が。家に帰ってきてからほとんど叫びっぱなしだったしなあ。まだなんか後ろで言ってるお袋と薫を無視して春歌の手を取り立ち上がる。お袋はまだこっちにいるみたいだし、今度は親父のいる時にでもまた帰ってくればいいだろ。
そのままリビングのドアを開けて、お袋と薫に頭下げてる春歌を連れて出ようとした時、聞き覚えのある音がした。
「あ、この音。翔くんの……」
忘れてた。流れがひどすぎて完全に忘れてた。俺の携帯、確かまだ……。
ゆっくりと俺が振り返ると、お袋が勝ち誇ったような顔で俺を見ていた。着ているセーターの胸元には、不自然な長方形をした何かが蠢いてる。
「翔ちゃん……。ドンマイ」
「俺の携帯そんまんまだったーーー!」
取られた俺の携帯は未だお袋の胸の中で、あれは仕事でも使ってるから無いと困るわけで……。
「焼き魚と煮物だな、薫」
「そうだね。折角だからデザートも食べたいね」
「よし、そうと決まれば買い物だな」
俺と春歌はまだ、この家から脱出出来ないらしい。

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