最近自分と春歌の周りが騒がしい。卒業試験からしばらくして、自分にも春歌にも安定して仕事が入るようになってきた。勿論仕事が入ってくるというのは大変喜ばしいことではあるが、その一方で翔の中で心配事が増えてきたのも確かだった。
「それで? どうしてオレ達が呼ばれたのかな」
「……と言うより何故私の部屋なんですか。翔の相談事なら翔の部屋ですればいいでしょう」
仕事終わりに寮の玄関の前で神宮寺レン、一ノ瀬トキヤ両名の姿を見つけこれはチャンスとばかりに相談があると言って部屋へ来た。自分の部屋ではなくトキヤの部屋に。
「だって俺の部屋春歌の隣じゃん。聞かれたらどうすんだよ」
「七海君は今日仕事のはずでは? それに全部屋防音仕様なんですから聞かれるはずな……」
「とーにーかーく! 相談出来るのお前等ぐらいなんだからいいじゃん、ちょっとぐらい相談に乗ってくれたってさ」
何故自分の部屋なのかと未だ納得していないトキヤの言葉を遮って翔は続ける。彼の主張によると、最近春歌は仕事の付き合いや打ち合わせで帰ってくる時間が遅いらしい。それだけならまだしも昨日の夜、もうすぐ家に着きますと言う春歌からのメールにベランダから迎えようと出た翔が見たのは、見知らぬ男に家の前まで送られてくる春歌の姿だった。
会話内容までは聞こえなかったが、何やら親しげに話す二人の姿に思わずベランダの影に隠れてしまったらしい。
「相談出来るのがオレ達だけって……。シノミーには相談した? おチビちゃんと一番仲がいいはずだし、部屋もレディを挟んで隣だろ?」
「……那月に恋愛相談なんてしてみろ。じゃあ僕が聞いてきてあげるねとかなんとか言って直接春歌に聞きに行くに決まってるだろ」
「一番手っ取り早い方法じゃないか」
あっさりと言い放つレンに、ぎっと翔が鋭い視線を向け最後まで聞けと言わんばかりに睨みつけると、肩を竦め「はいはい」と先を促した。
「聞きに言って春歌に答え聞いたら絶対あいつでかい声で「翔ちゃ~ん! ハルちゃんから聞いたよ~!」とか言って俺が聞いてくれって言ったってばらすだろ絶対! 格好悪すぎるだろそんなの!」
「理解できませんね。四ノ宮さんは貴方が聞きたい事を聞いてくれたのですから別に格好悪いとかそんなのは関係な……」
「な~、なんかいい案無い?」
「翔。貴方私の話を聞く気全くないでしょう」
とにかく、那月には知られたくない。でも春歌の行動が気になる。付き合い始めの初々しい様子にレンは笑いを堪え、先程から言葉を遮られっぱなしのトキヤは眉間に皺を寄せ部屋を無理やり提供させられたこの状況に理不尽さを感じ始めていた。
「レディの様子が気になるのは分かるけど、考えすぎなんじゃない? 言い方は悪いかもしれないけど、あのレディがおチビちゃんに隠れて誰かと仲良くできる程器用には見えないし」
「でも不安じゃん。春歌は嫌がってるかもしれない、でも仕事だから、仕事先の相手だから断れなくてとか」
「それは……無いとは言い切れないね」
「だろ!?」
翔の意見にレンが理解を示すと、身を乗り出して翔が食い入るようにレンの顔を見る。何度も言うが、この部屋の主はトキヤでありレンでも翔でもない。
「そこまで七海君の事が分かってるなら聞かずに彼女が話すまで待てばいいでしょう。普段男気だとかなんだとか言ってるのですから今こそその男気を見せる時ではないんですか」
「あ、春歌の事になると俺男気とかそれどころじゃないから」
「…………」
「ドンマイ、イッチー」
「煩いですよレン」
レンに肩に手を置かれ慰められるがその手を跳ね除け口を噤んでしまう。渾身の皮肉も軽くかわされ翔は自分の意見は聞くつもりが無いらしいことを確認し、完全に傍観に徹することを決めた。
「この世界にいるならそういうことを我慢していくのが普通だと思うけどね、オレは。そんなに気になるなら直接聞けばいいじゃないか。やましいことが無いなら問題ないだろ?」
「それはそうだけどさー……。ほら、春歌ってすげー可愛いじゃん?」
「そうだね、レディは魅力的だと思う」
「だろ!? もう見てるだけじゃなくて近づきたくて仕方ないレベルだよな!?」
「……え? いやそれはどうだ――」
「あいつって見た目はふわふわしてるのに作る曲はすっげー頑固でさ、でもこんな曲歌えるわけねー! とかじゃなくて、歌ったらこいつ喜んでくれるかなとか思って歌うとさ、すげー嬉しそうな顔してすごいです! とか言ってくるし、翔くんなら出来るとか言われたらもう頑張るしかねえって気分になるし、何より春歌が曲作ってたり編曲したりしてる時のあの真剣な顔! いつものふわっとした雰囲気から一気に空気が締まるって言うかさ……。そのギャップがまたいいんだよな! 近くで見てるとマジで抱き締めたくて仕方ないぐらいは普通だと思うんだ! 俺は!」
いきなり春歌について熱く語り出す翔にレンとトキヤは顔を見合わせるが、あまりの勢いに口を挟むことが出来ず、お互いにお前が何か言えと言わんばかりに視線を交わす。完全に傍観すると決めたトキヤの眉間の皺がどんどんと深くなっていくのに同調して熱くなりかけてる空気が急激に冷めてくる。最初は相談したいことがあると真剣な顔をしていたから部屋を提供したのに、途中から惚気話にシフトされては今は恋人など作ってうつつを抜かすよりも仕事に取り組みたいトキヤにとってこれは面白くない。熱く恋人の事を語っている翔が少し羨ましいとか、そんなことはない。断じて。
「なんなんですか、もう。なんなんですか貴方は」
「落ち着け、イッチー」
怒気を孕みもうなんなんだとしか言えなくなりはじめているトキヤをレンは必死に宥めるが、限界など当の昔に来ていた。具体的に言えば二回目に翔に言葉を遮られた辺りから。
「相談したいことがあると言うから部屋に入れたら何なんですか! 七海君が心配なら直接聞けばいいでしょう! 聞いていると貴方方は随分と信頼しあってるようですし!?」
「……イッチー、最後ちょっと涙声になってるよ。まあ、大方でオレもイッチーの意見に賛成かな。学園でパートナー組んでるときから二人は仲がよかったし、今もその信頼関係があるならおチビちゃんが聞いた所で嫌うとは思えないし、もし嫌われたその時は」
「その時は?」
レンが一旦そこで言葉を区切り、視線を翔に向けて真顔で続ける。
「レディを慰める係はオレに任せろ」
「任せられるわけねーだろうが! 真顔で何言ってんだお前!」
いきなりの言葉に音を立てて立ち上がり物凄い剣幕で翔が詰め寄ると、肩を竦め冗談だとレンは続けた。元々からかいやすい性格だとは思っていたが、春歌のことが関わると更にからかいやすくなっている気がする。それだけ翔が春歌に惚れていると言うことなのだろう。
「お前の冗談は冗談に聞こえねー……って、メールだ」
未だレンに春歌のことを任せろと言われたのが気になっている翔が呟くと、ポケットに入っている携帯がメールの着信を知らせる。面倒臭そうに携帯を取り出し画面を開くと同時に不満そうに吊りあがっていた眉が、一気に下がりへの字を描いていた口が緩む。誰から? と聞くまでも無い、この緩んだ顔を見たら。
(レディだな)
(七海君からですね)
余程いいことが書いてあったのか様子を見ているこちらが辛くなるぐらいの勢いで翔の頬が緩んでいく。
「よっしゃああああああああああああああ!!」
そして、絶叫。携帯を持っていない方の手を強く握り天井に向けて突き出す。
「春歌が今日は早く戻れるから一緒に飯食おうって!」
「へぇ、良かったじゃ……」
「やべー、すげー嬉しい! 春歌が来るなら部屋片付けしといた方がいいよな。あ、折角だから一緒に飯作ればいいのか!」
「………………」
最早二人の言葉は翔に届いていない。それどころか相談していた事も吹き飛んでるらしい。結局翔は、春歌を迎えに行くと言い残し、相談しに来た消沈した様子はどこかに置き忘れたように晴れ晴れとした顔でトキヤの部屋を後にした。
振り回された挙句残された二人はと言うと――。
「レン。私は今日一つ学びました」
「イッチーも? 奇遇だな、オレも学んだよ」
「恋と言うものはあそこまで人を変えるものなのですね」
「だな。恐い恐い」

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