神聖ブリタニア帝国、エリア11。旧名日本国。トウキョウ租界と呼ばれる中心部にそびえ立つのはエリア11をまとめる政庁。新総督、第87位皇位継承者ナナリー・ヴィ・ブリタニアの就任を控え向かい入れ体制を整えるためにエリア11には四人のナイトオブラウンズがいた。
ナイトオブスリー、ジノ・ヴァインベルグ。ナイトオブシックス、アーニャ・アールストレイム。ナイトオブセブン、柩木スザク。そしてナンバーの明かされていないライ。新総督の就任を明後日に控え、大方の準備を終えた四人はラウンジのソファにゆっくりと腰を下ろす。赤いベロア調のふっくらとした座り心地のいいソファの右端に肘掛に頬杖をつき、長い足を組むジノが。左端に携帯電話をいじるアーニャが。ソファの正面、テーブルを挟んだ先にある同じ色、素材で作られた金の猫足椅子にスザクが座る。一人でも充分存在感のあるナイトオブラウンズが四人、しかも一人はナンバーすら知らされていない異例の騎士。その異例の騎士はソファにも椅子にも座ろうとせず三人が座ったのを見計らうと慣れた手つきで備え付けのティーポットで四人分の紅茶を淹れ始めた。
「……多め。ミルク」
「ミルクなし、砂糖多めで!」
「二人とも……。手伝おうか、ライ」
遠慮無しに飛ぶ声にスザクは呆れながら皆の分の紅茶を淹れてくれている友人であり、今は同僚でもあるライに声を掛けると振り返ったライが首を振り「大丈夫」と返す。この光景も、見慣れたものだった。寛ぎの時間になるとライは立ち上がり皆の分のお茶を用意する。いつしかそれが当たり前の光景となってしまい、こうした無遠慮にも思える声も飛ぶようになっていた。本人は全く苦にしていないようで手際よく注文どおりの紅茶をカップに注ぐと銀色のよく磨かれた傷一つ無いトレーに四人分の紅茶を淹れたカップを三人が寛ぐテーブルの上へと静かに運ぶと、音を立てる事無くトレーを置く。
「右が、アールストレイム卿のミルク多め。こっちがヴァインベルグ卿のミルク無し、砂糖多め。左のはスザクのミルクありの砂糖抜き」
静かな声でライが告げ、皆それぞれカップを手に取り香りを楽しむ。毎日違う茶葉が置かれているラウンジはジノを始めラウンズ達のお気に入りの場でもあった。特別な場所ではないので一般軍人や役人が目を引く衣装にひそひそと小声で囁きながらこちらを窺っているが、当の四人は気にした様子も無い。スザクの隣の椅子に腰を下ろしたライがトレーに残る最後のカップを手に取りゆっくりと息を吸い込む。鼻に届く癖の無い、それでいて深い香り。今日の茶葉はアッサム。
「ヴァインベルグ卿、今日はミルクを入れた方がいいかもしれない」
「……記録。美味しい」
「ほんとだ。ライの淹れる紅茶はいつも美味しいね」
「ライがそういうなら入れてみるかぁ。スザク、ミルクとって」
一度戦場に出れば親衛隊のグロースター何機分の働きをこなすナイトオブラウンズだが戦いが無ければいつもこんな和気藹々とした空気に包まれている。取り分けこの四人が仲がいいと言う事もあるのだが。白い陶器のミルクピッチャーをジノに渡しながらスザクはライの横顔を見た。
銀灰の色と似た色のラウンズの制服に同じぐらい白い肌。口元に浮かべられる穏やかな微笑み。
「スザク」
「えっ……。なんだい、ライ」
横顔に視線を感じたライが瞳だけを動かしスザクの方を見て、笑みを深くする。見ていたことに気づかれたと思い動揺するスザクに目を細め呼んだライは呟いた。
「ずっと、こうしていられたらいいな。皆で」
それは叶わない願い。ゼロの復活、黒の騎士団の復活。目の前に問題は山積していてこの穏やかな時間がすぐにでも終わりを告げ出撃する時が来るかもしれない。
でも今は、この一瞬だけはこのまま穏やかに過ごしていたい。ライはそんな気持ちを込めて、スザクに呟いた。
「……記録」
「あ、ずるいぞアーニャ! 混ぜろ!」
「ちょ……、ジノ!?」
「うわっ!」
スザクとライにアーニャが携帯電話を向け、ボタンを押そうとすると急に立ち上がったジノがスザクとライの座る椅子の背後に周り、右腕をスザクの肩に、左腕をライの肩に回し二人の間に体を曲げ、顔を落とすと思い切り二人を自分の顔の方に引き寄せた。
「重いよ、ジノ」
「ヴァインベルグ卿、あのこれはちょっと……」
「いいからいいから。アーニャ、格好よく撮ってくれよ。ほら二人とも、笑って!」
「……仲間はずれ?」
携帯を構えながらアーニャが眉毛をハの字に下げ言うと「後で交代してあげるから」とジノに言われ納得する。中心をジノに合わせ、困ったように顔を見合わせ笑うスザクとライの間に満面の笑みで中央で笑うジノを捉えると、アーニャはボタンを押した。
永遠に続かない幸せ、それを知っているからこそ今の大切さを彼らは知っている。

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