最近のライは疲れている。
ナリタでの戦いで純血派を助けて以来同志と認定されたライが政庁に顔を出す度にジェレミア・ゴットバルトが声を掛け、もしくは無理矢理執務室へと引きずり込んでいた。それが原因であることは誰にでも分かったが、口にすることはない。出来れば関わりたくないと言うのが皆の本音らしい。
そして今日もまた、政庁に賑やかな声が響く。
「ライ卿! ライ卿はいるか!!」
「……大きい声を出さなくてもここにいます、ジェレミア卿」
「おお、そこにいたか、我が同志よ!!」
(また勝手に同志にされてる)
ライの姿を見つけ実に嬉しそうな顔をするジェレミアに対し一気に疲れたような顔をするライがちらりと辺りを見回すと、好奇心丸出しの視線を送っていたが目が合うがすぐに関わりたくないと言わんばかりにあからさまに逸らす。確かに、誰でも関わりたくないいとは思うだろう。ジェレミアはブリタニア帝国の敵であるテロリスト、黒の騎士団総帥ゼロを見逃せと理不尽な命令を下したことで一気に失脚してしまった。誰よりもブリタニアを愛していそうなジェレミアの性格からしてありえないような気がしたが、実際その場にいた軍人、報道関係者などこの命令を聞いているものは多く、誰かがジェレミアを陥れようとした流言だと言う線は無い。
ライには一つありえない命令を出来る術を知っていたがまさか、とすぐその考えを打ち消した。
「どうしたんです、ジェレミア卿。今日はやけに機嫌がいいみたいですが」
ジェレミアの後ろで居心地の悪そうにしている同じく純血派のヴィレッタ・ヌゥに声を掛けると肩を竦め「コーネリア殿下からお褒めの言葉を頂いたらしいのだ」とのことだった。直接コーネリアと言葉を交わしたことなどほとんど無いライだったが聞こえてきた言葉の端々と、人物像から察しても自分の意思ではないにしろ敵を逃がす発言をしたジェレミアに優しい言葉を掛けるとは思えない。
「直球を変化球として受け取ったんですね」
「ああ、そうだ。あの人のああいうところは見習いたいような、見習いたくないような複雑な気持ちではあるが」
「……心中、お察しします、ヴィレッタ卿」
「……ありがとう、ライ卿」
お互い労いの言葉を掛け合い、大きく溜息を吐き出す。その姿は子供の無邪気さに苦労する親の姿にも見えた。
「ライ卿!」
「何でしょうか」
「私は実に気分が良い!」
「ですね」
「そこでだ!」
「はい」
「貴殿への礼も兼ねてこれから三人で昼食に出かけようと思う!」
(礼って、僕は何もしてないけどな……)
「ジェレミア卿! わ、私もですか!?」
胸を張り、頷きながら満面の笑顔で言うジェレミアにライ、ヴィレッタ二人の顔が面白いように歪む。決して嫌なわけではないが、どうしてこの人はいつもこう、突然すぎるのか。そんなことまで聞いていないとばかりに驚嘆するヴィレッタと半ば諦め、悟りの境地を開き始めているライは既にこの突拍子もない申し出にも驚くことなく、逆に微笑ましく思えるような所まできていた為ヴィレッタの肩に手を置き、何を言ってもジェレミアのプラン通りになる、諦めるようにと伝えた。
「うむ! 今日は天気も良いし外で食べるとしよう! もっと晴れ晴れとした気持ちになれるぞ!」
「ライ卿、私は色んな意味で胸が一杯だ……」
「えーっと……」
頭の中にある言葉の引き出しを開け、ヴィレッタに掛ける言葉を探す。出てくるのは古いボキャブラリーや「残念でした!」など知り合いがよく使っているものばかりでどれも的確とは言えない。そんな中、以前リヴァルに掛けられた言葉を思い出す。意味を尋ねると、負けるな、や励ましの意味で使われると言っていた。
「……ドンマイです、ヴィレッタ卿」
初めて使った言葉は慈愛に満ち溢れていたと言う。

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