「……ない」
ズボンのポケットにも、上着のポケットにも、無い。
「落とした……?」
生活していく中で絶対に必要なもの、何をするにも必要になるもの。
それが、無い。
拍手お礼06 落し物 -ルルーシュ-
自分が学園内でよく訪れる場所、自室、生徒会室、教室、中庭、礼拝堂。思いつく場所は念入りに探してみたが、大事なそれは何処にも落ちていなかった。
「財布、落とした……」
顔面を青く染め、ライは小さい声を漏らす。ミレイから当面の生活費の入ったカード入りの財布を、落としてしまった。ミレイに落としてしまいました、ごめんなさいと謝ることも考えたがそれではあまりにも情けなさ過ぎる。失った記憶の底に残るプライドと言うものがライを刺激し、何としても探し出せと叱咤してくる。
諦めかけ、投げやり気味になりかけた自分を何とか奮い立たせ、今度は学園外を探そうと息を整え、走り出す。
「ライ? どうしたんだ、そんなに慌てて」
校門を抜ける時、授業をさぼり何処かへと行っていたらしいルルーシュが走り行くライの姿を見つけ、声をかけると通り過ぎざまに一言だけ
「財布を落としたから探してくる!」
とだけ答え足を止めることなくそのまま走り去って行った。そのあまりに必死な表情に、ルルーシュは自室へと向けていた足を再び外に向け、ライを追う。
(租界で僕がよく行く場所……公園、ショッピングモール、シンジュクゲットー、それから、それから……)
考えながらも足は止めない。視界に流れてゆく景色の隅まで見逃さないように瞬きすら忘れベンチの下や植木の上を見る。だがそこにも見慣れた財布は、無い。
(公園には無い。次はショッピングモールに……)
踵を返し、今来た道を引き返そうと振り返った時、遠くから先程会った姿が視界に入ってきた。
「ルルーシュ?」
お世辞にも早いと言えないスピードでライの後を追うようにルルーシュが走ってくる。ライやスザクと違いあまり体力のないルルーシュが普段の整ったクールな表情とは程遠い、必死な形相で。口元を見ると何かしら言っているようにも聞こえるが夕方の喧騒に紛れ込み声はライには届かない。何となくだが「俺の分野じゃない」と言っているようにも見えた。
思わず急いていた足を止め、こちらに向かってくるルルーシュを凝視するとライが足を止めたことを確認したルルーシュももつれそうになる足を止め、ゆっくりと近づいてくる。
「どうした、ルルーシュ。そんなに無茶……じゃない。急いで」
「……っ、ちょっと、待て。今……しゃべれ……、げほっ!」
足を止めても息が上がっているルルーシュはライの問いにすぐ答えを返す事が出来ず肩で荒い息を何度も繰り返す。そして、待つこと7分と20秒。やっと落ち着いたルルーシュが顔を上げやや責めるような顔でライを睨む。睨まれた理由の分からないライは目を丸くし、首を傾げ不思議そうにするとルルーシュの眉間に深い皺が一本走る。更に責める視線が強くなった気がした。
「財布を無くしたんだろう」
「ああ、だからこうして探してる」
憮然として言うルルーシュにつられるようにライの顔も段々と不機嫌になってゆく。財布を早く見つけたい焦りと何故か責めるような顔をするルルーシュ。公園を通り過ぎる人々が学生の喧嘩かと遠巻きに見る中、ルルーシュが先に口を開く。
「こっちだ。付いてきてくれ」
「え、ルルーシュ僕の財布が何処にあるのか分かるのか?」
「お前の行動パターンと性格、記憶が無いことを考慮して82通りの落とした可能性の場所がある」
「……多くないか」
「これでもかなり絞った方だ。いいから付いて来い。財布を見つけたいんだろ?」
自分のどこを分析して82通りの落とした可能性のある場所を算出したのかはあえて聞かないことにし、今は藁をも縋る思いでルルーシュに向かって頷く。寝る場所だけで無く、生活必需品、生活費まで提供してくれたミレイにこれでは申し訳が立たない。租界中を駆け回るのは、ルルーシュの指す場所を探した後でも遅くは無い。
「ルルーシュ」
「何だ、早く行くぞ」
「ありがとう」
「……フン」
素直に礼を言うと、鼻で笑いつつも若干照れているようにも見える素振りを見せ、ルルーシュは先に歩き出す。不器用だけれど、体力は無いけれどその優しさにライはもう一度微笑み先を行くルルーシュの後を追った。
「ところでルルーシュ」
「なんだ」
「わざわざ僕を探さなくても、携帯で指示してくれればよかっただろう?」
「……お前、携帯の使い方分かるのか?」
「…………あ」
「はあ……」
翌日からルルーシュ講師による完全携帯マスター講座が始まる。

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