遭遇-ジノVer-
人懐こそうな大型犬を思わせる男、ナイトオブラウンズナンバー3、ジノ・ヴァインベルグは見るもの全てが新鮮だった。
口にした事の無いような色とりどりのアイスクリームや、飲み物。手に取ったことすらない不思議な肌触りの布に、実に楽しそうに歩く人々。それら全てが上流階級で育ってきたジノにとっては珍しく、楽しいものに思えた。興味を引くものがあればすぐに飛んで行き、飽きたらまた次へ。
飽き易い性格ではあるが次々に目に入ってくる物にジノの動きが止まることは無い。右手には露店で購入したクレープが握られており、左手にはよく分からない緑色の手のひらサイズのぬいぐるみが握りつぶされてかなり悲惨な顔になっている。
「庶民の暮らしは本当に楽しいなぁ!」
往来であるにも関わらず実に楽しそうに言うジノの姿を人々は怪訝そうに、または嫌そうな顔を向けながら歩いていく。本人は悪気はないのだろうが大きい声で庶民の暮らし、などと言われては気分がいいはずはない。そんな庶民に軽く睨まれつつもジノは複雑な視線など気にも留めず次は何を見ようかと子供が新しい玩具を探すような目で、見回していた。
「ん?」
青い目が、ショッピングモールの入り口で見つけたのは16、7歳ぐらいの銀灰色の髪の少年。出で立ち自体は特に目を引くことも無い。顔立ちも同じく。ただ少年が纏っている空気が、気になる。
背筋を伸ばし、規則正しく動かされている足、そして真っ直ぐ前を見つめている瞳。その目は何かに挑んでいるようにも思えた。
「面白いなぁ、あれ」
人をあれ呼ばわりしたジノは今の今まで興味のあったぬいぐるみを投げ捨て、少年の下へと向かう。その姿を、人々は特に気にはしない。
「やあ!」
「っ……!」
屈託の無い笑顔で、ジノが少年に話しかけると一瞬驚いた顔で見上げると次には半歩右足を下げ、両腕は腰の横に据えられている。やっぱり、とジノの顔が嬉しそうに歪む。普通の人は、こんな反応はしない。こんな、すぐさま攻撃できるような体勢は、取らない。
「私はジノ、ジノ・ヴァインベルグ。君の名前は?」
「……知らない人間に名乗る名前は持ってない」
「今名乗ったじゃないか! これでもう君と私は知らない人間じゃない、だろ?」
「それは屁理屈だと思う……。それに誰かも分からない人間に簡単に名乗るものじゃない、何かあったらどうする」
構えの体勢を崩す事無く真剣に言ってくる少年に、今度はジノが驚いた顔をする。何を言うかと思えば簡単に他人に名前を教えるな、などと親のような事を言う。冗談かとも思ったが少年の顔を見る限り本気で言っているらしい。冗談と分からず、ぼけて来る同僚はジノの所属するラウンズにも一人居る。名誉ブリタニア人でありながら逆賊である黒の騎士団のゼロを捕らえラウンズ入りした、スザクだ。そういえば彼もあまり冗談が通じないな、と政庁にいるであろう同僚であり友人であるスザクの顔を思い浮かべ、ジノは笑う。
(スザクに言ったらなんて言うかなぁ、他人に迷惑を掛けるなか、それともそれはジノが悪いよ、か?)
「とにかく、僕はもう行くからキミも今度からは軽々しく名前を言わないよう……」
「まだ君の名前を聞いてないよ」
「いや、だから……。分かった、言えばいいんだろう、言えば」
「おお、そうこなくっちゃ!」
「……だ」
「うん? 何だって?」
「僕の名前は、チーズ君だ」
「チー……?」
チーズと言うとあれだろうか、パスタやケーキ、サンドイッチにクラッカー、ピザに良く使われる熱を加えるととろりと溶ける、あの乳製品の事だろうか。そんな名前、あるはずは無い。第一チーズだと名乗った本人ですら赤面し、困ったような顔をしているのだ。
「嘘だね」
「うっ……」
ぴしゃりと言い切り、じっと少年の目を見ていると居た堪れなくなったのか視線を逸らし、次の瞬間全力で走り出していた。脱兎の如く。
「あっ! こら、名前!」
耳まで赤く染めた少年はジノの声に足を止めることなく全速力でショッピングモールを駆け抜けていく。しかし、ジノの反応も早かった。すぐに後を追うように走り出し、同じく全速力で走る。足のコンパスと自分の運動能力からして、負けることはまずない。
「こら待て! チーズ君!!」
「は、恥ずかしい名前を大声で呼ぶな!」
「君が自分で名乗ったんじゃないか!」
勝負はまだつかない。

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