「ライ……雷、ラインバッハ、ライゼル、ライオーネ、ラインハルト、ラインディア、ライエス……」
「人の名前で遊ぶなスザク」
特派ヘッドトレーラーの中でパイロットスーツに身を包んだスザクにライは呆れた様に声を掛ける。自分の名であるライと言う音をいじって何やら色々な名前を作っているらしい。
「うーん、あんまりしっくりこないな。ライエモン。あ、結構いいかも」
「良くない。……何なんだ、さっきから」
元特派所属、現在純血派の期待の星として――意図せずに――活躍するライは愛機であるランスロット・クラブの微調整の為ロイドのいるトレーラーへと顔を出し、スザクとふと交わした会話がきっかけだった。
「ライの名前って、本名だよね?」
「言ってる意味が分からない。僕は『ライ』だ。はじめにそう言っただろう」
「うん、そうなんだけどさ。ライって何だか愛称な気がして」
「シャーリーがルルーシュの事をルルって呼ぶみたいに?」
スザクが考えている事の意味が分かったライが苦笑を漏らす。生徒会メンバーの中で一番名前の短いライには本当の名前があるのではないかと思ったスザクが当てはまりそうな名前を考えては口にしているらしい。中にはありえない名前も含まれていたがライはあえて突っ込まずに聞き流す。いくら考えてもらった所で自分の名前はライ以外には無い。確かに記憶がないため正確な名前かどうかは分からないが、この場にいる人間の名前はライだ。
「ライはどんな名前がいい?」
「ライでいい。あとライエモンは色んな意味でないと思う」
一言で切り捨ててロイドから回されてきた微調整内容が書かれているファイルを手に持ち、目を通す。可変ライフルの照準調整、試験的に実装されているツインMVSの使用結果報告に対するロイドの回答と今後の調整予定が事細かに書かれている文字達を素早く目で追い、ちらりとスザクを横目で盗み見ると、まだライの名前を考えているようだった。
別に本当の名前がなんだろうと、今の自分はライだ。記憶が戻って本当の名前とやらが分かったとしても、きっと自分はライと名乗り続けるだろう。
そういえば一昨日みた夢の中で、小さな女の子が自分の名前を呼んでいたが、なんと呼ばれていたかは覚えてはいない。一通りファイルに目を通し、カウンターの上にファイルを置くとスザクの方を向き、ふと思った疑問を口にしてみる。
「スザクは僕にライ以外の名前があった方がいいと思うのか?」
「そういうわけではないけど、名前から君のことが分かるかもしれないと思って。ほら、ライが愛称だったからIDに引っかからなかった可能性だってあると思うんだ」
「DNAまで調べてもらっても出てこなかったのに?」
「あ……あはは、だったね。忘れてたよ」
本当に忘れてたらしいスザクがライの指摘に恥ずかしそうに頬を染め茶色のくせ毛をくしゃりと掴む。本気で忘れていたのか、と溜息を漏らした後DNA検査のためセシルによって行われたあまり嬉しくない思い出が頭をよぎり、記憶の断片を見ているときとは違う痛みにこめかみを押さえる。
考えないようにすればするほど、鮮やかにあまり重要ではない記憶は蘇って来た。ロイドの計らいによりIDをもらえた時に開かれた二回目の誕生日の日、お祝いだと言ってセシルが作ってきてくれたオスシなる食べ物。衝撃的な味に日本にはこんなものがあるのかと思ったが、スザク曰くあれはオスシであって御寿司ではないらしい。
口の中に広がるガムシロップと白米の微妙にマッチしてない食感と甘さに顔をしかめると、スザクが顔色を変えライの顔を覗き込んできた。
「大丈夫? また、頭痛?」
「……ちょっと、思い出した」
「まさか記憶が!?」
「……セシルさんのオスシ」
「あ……」
別の意味で苦しそうな顔をするライの心中を察したスザクは掛ける言葉が見つからず、ぽん、とライの肩を優しく叩くだけだった。かける言葉があるとすれば「ドンマイ」だろうか。
倒れこむようにスザクの隣に腰掛け膝に両肘を置き額の前で指を組む。余程オスシの力が強烈だったのかぐったりとし、微動だにしない。
そんなライの様子を本気で心配しはじめたスザクは何とか元気になってもらおうと自分の中で出来そうなことを考える。正しい日本料理としておにぎりでも作ってみようと思ったが、スザクの中にもセシルに食べさせられたブルーベリージャム入りおにぎりの記憶が蘇りそうになり、慌てて振り払う。良くも悪くも、セシルの作る料理は独創性が強すぎた。
「あら、スザク君とライ君じゃない」
「!! セシル、さん」
「こ、こんにちは」
「どうしたの、二人とも? 顔が真っ青よ」
あなたの作る料理の事を考えていたらこうなりました、などと言えるはずもなくスザクとライは互いに顔を合わせ目配せすると以心伝心、なんでもないように振舞う事を決めた。
「なんでもありませんよ。軍人生活にあまり慣れていなくて、ちょっと疲れてるだけです。だろう、スザク」
「うん、そうだ……ったね」
「スザク君は?」
「僕は……あー、えーと。お腹が空いてて! あはは……」
「もう、スザク君たら」
スザクのあまりにもありえない言い訳に肘で小突きそうになったがセシルには通用したらしく、安堵の息を吐き出した……のだが。
「丁度良かった! 新しい料理を作ってみたの、二人とも味見してくれないかしら?」
「「えぇ!?」」
スザクとライ、見事に声が重なり二人同時に椅子から立ち上がる。
いつもは優しいお姉さん、ロイドの暴走を止められる唯一の人なのだが料理のこととなるとある意味ロイドより厄介かもしれない。
二人に拒否権は無いらしく、背中に隠していたトレーをセシルが差し出すと真っ白い皿の上に衣につつまれた揚げ物らしきものが乗っていた。
「このエリアの料理で、テンプラって言うのよ」
にっこりと笑い、差し出されたそれは一見普通の揚げ物に見えた。細長い海老らしきものに、野菜。
「あれ、本当にてんぷらだ」
さりげに失礼なことを言ったスザクが皿から海老を一尾摘みあげ、まじまじと見つめる。セシルからは「当たり前でしょう、本の通りに作ったのよ」と非難の声があがる。出来ればおにぎりもオスシも本通りに作ってもらいたかったが、今更言っても遅い。
おそるおそるスザクが海老のてんぷらを口に運ぼうとすると、セシルのストップがかかった。
「だめよ、スザク君。ちゃんとソースにつけて食べないと」
「ソース? あ、出汁のことかな」
「はい、これをつけて食べてね」
トレーのはじにあるものをセシルが差し出した瞬間、トレーラーの中に甘い匂いが充満し始める。
「セ、セシルさん、これは?」
「レシピにちょっとアレンジを加えてみたの。海老は飴でコーティングしてから揚げて、ソースはフォンドヴォーにバニラエッセンスとシナモン、それとミントを少々」
それは既に出汁じゃない!!飛び出しそうになる魂の叫びを堪え、助けを求めるようにライの方を向くと、ライは――。
「ライ!?」
倒れていた。
オスシが余程衝撃的だったのか、セシルのアレンジに耐え切れなかったのかぐったりと体を椅子へと横たえぶつぶつと何かを呟いていた。
「助けて、ライエモン……」
「ライ!? ライー!!」
一人残されたスザクは、セシル特製テンプラを全て平らげたと言う。

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