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warehouse 赴くままに乙女ゲーやハマったゲーム等のSSを期間限定で書き綴る予定です(゜Д゜)

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臨時バイト

 白いブラウスに黒いタイトスカート、黒いローヒール。清潔感漂う白いエプロン。これが鷹谷李子が喫茶店ALUCARDでバイトをする時の服装。
気配りの良さと面倒見の良さから今では馴染み客を数十人単位で抱えている。半数がよく出前に行く撮影所のスタッフ。
火曜、木曜学校が終わって制服のまま直行する。店には既に客が入り賑わっている。鷹谷が入って来ると、次々と声がけられる。その一つ一つに丁寧に対応し ながら接客に入った。
まさか、この後とんでもない臨時バイトをすることも知らずに、今日も笑顔で楽しく働いていた。


一方、葉月珪。
少しだけ休んでいこうと寄った公園で、またやってしまった。
そう、眠ってしまった。葉月のバイトも火曜日と木曜日。鷹谷と同じ日だ。ALUCARD近くにある撮影所で色々な服を着て写真を撮られる、俗に言う雑誌 モデルと言うやつをしていた。
今日の撮影は五時からと前日事務所のマネージャーから電話があった。くれぐれも遅れないようにと釘を刺されたのに、やってしまった。
ベンチにもたれながらズボンのポケットを探る。今日はちゃんと携帯電話を持ってきている。ボタンを押すと、液晶画面が光り時刻を示していた。そしてボタ ンをもう一度押すとそこには


「……。」


一から十まである着信履歴全てがマネージャーのもの。見るも恐ろしい一分置きに鳴ったであろう携帯電話を見つめながら覚醒を待つ。


「……また、やった」


覚醒に十分かかった。
慣れた手つきでメモリ番号からマネージャーの番号を引き出しかける。ワンコールもしないうちに電話に出た。開口一番


「今何時だと思ってるの、珪!!」


怒鳴られた。


「……すいません」


他に言葉が見つからず、とりあえず謝ってみると、マネージャーもこれ以上言っても無駄と判断したのか、まだまだ言い足りない説教を溜息に変え、今すぐ撮 影所に来るよう指示をし、電話を切った。
通話終了を知らせる機械音を聞きながら、葉月もつられて溜息をついた。
どうしていつもこうなってしまうのか、と。
携帯をポケットに押し込み走り出す。



そして戻って鷹谷李子。


「李子ちゃん、これ四番テーブルのお客さん。コーヒーと、トーストのセット」

「はい」

「すいませーん、注文お願いしまーす!」

「はいはーい!」

「李子ちゃん悪いんだけどそれ終わったら撮影所に出前行ってもらえる?」

「はーい!!!!!」


もう半分自棄気味。アイロンで綺麗にしつらえられたシャツの糊も今は見る影も無い。タイトスカートだというのが煩わしい。これならいっそのことズボンに してくれた方がまだありがたい。スカートの両脇にはさみでスリットを入れたい衝動にかられながら次々と仕事をこなす。銀色のトレーにコーヒーとトースト セットを乗せて一番奥にある席に座る馴染みの客の前に置く。本から顔を上げ「ありがとう」と言う礼の言葉を笑顔で受け取り、マスターのいるカウンターに舞 い戻る。
そこには既に撮影所に届けるコーヒーが乗っていた。アイスコーヒー2、ホットコーヒー2、アイスティー3、カフェ・ラテ2、モカ1。いつも使うトレーよ り二回り大きいトレーにそれら全てを乗せ、ドアを開けてもらい、出前に出かける。徒歩五分の所にある撮影所に向かった。

慣れたとは言え、重いものはやっぱり重い。震えそうになる両手を必死に押さえ、撮影所の階段を上がっていく。重い鉄製の扉を外にいた顔見知りのスタッフ に開けてもらい、中に入る。きっと中では葉月が夏の新作に身を包んで写真を撮られていることだろう。
しかし、入った撮影所には、フラッシュ一つたかれていなかった。
剣呑な雰囲気に包まれており、いつものアットホームな雰囲気の欠片も無かった。明るく喫茶店ALUCARDですなどと言える雰囲気ではない。喫茶店の 『きっさ』まで言いかけて口をつぐむ。
何か必死に連絡を取っているようにも見える。あちこち電話をかけているのらしく、所々で違う会話が聞こえて来た。どうしていいか分からず、近くのテーブ ルにトレーを置くと、まだ肌寒そうな恰好をした葉月が近づいて来た。


「……李子」


前のはだけたノースリーブのジャケットと、ズボン。上下とも真っ白。夏を思わせる爽やかな衣装ではあるが、三月の今では見ていることらが寒い。撮影所内 は暖かいが、これが外で撮影ともなればかなりきつい。


「葉月くん……どうしたの?何か……こわ、怖いよ?」

「ああ……ちょっと、な。」

「何かあったの?」

「ん……今日、俺と……もう一人。女のモデル……で撮るんだったんだけど、相手役のモデル、腹が痛くなったとか、ならないとかで来れなくなって。代役探 してるんだけど……なかなか見つからなくて、参ってる所」

「へぇ……大変だね」


道理で。
スタジオの剣呑とした雰囲気の原因が分かった。進行上絶対に必要となるモデルの片方がいない。それではいい雰囲気で撮影が進むはずもない。撮影出来ない のだから。
ぐるりと見渡す。どう考えてもコーヒーの出前ですなど明るく楽しく元気良く言えるはずもなく、葉月に言付けてさっさと帰ろうとした矢先、カメラマンと目 が合った。


「ああ!!」

「?!」


鷹谷の顔を見て大きな声を上げる。驚いて、葉月の後ろに隠れる。今日は撮影の邪魔をしていないはずだ。何せ撮影すらしていないのだから。物凄い形相でカ メラマンが迫ってくる。その顔が怖くて、葉月の服の裾を強く掴んで葉月の顔を見た。


「……。」


何も言わずに、視線はこちらに向かってくるカメラマン、手は裾を掴んでいる鷹谷の上に重ねられている。葉月が見た限りでも鷹谷はあの時以来何も失敗はし ていない。これで怒鳴られようものなら自分が怒鳴り返す所だろう。
顔見知りのカメラマンが葉月達の前まで来る。顔は相変わらずの形相。怖い。


「君!!」


びくりと大きく体が震える。葉月の服の裾を掴む力が強くなる。何も悪いことはしていないが、あの形相で責めるような口調。自然と謝ってしまいそうになる のは仕方がない。
葉月の後ろに隠れる鷹谷の顔を覗き込む。遮ろうとする葉月の肩を押し退け、二人をはがす。隠れるものが無くなりおろおろとする鷹谷の両肩を、カメラマン が掴んだ。


「ちょっ……」


流石の葉月もこれには頭に来た。眠そうな目に敵意が灯り、右手に握り拳を作る。怒鳴る準備は万端だ。


「いい加減にし……」

「君、モデルやってみない?!」

「「……は?」」


怒鳴る勢いで構えていた葉月も、怯えていた鷹谷も同時に間抜けな声を出す。失敗云々では無かったらしい。


「……モデルって……?」







話の要約はこうだ。
本当は五時からの撮影だったのだが、葉月が遅れてしまう。女性モデルは時間通りに来ていたが、なかなか来ない葉月を待つまでの時間、スタジオの冷蔵庫に 入っていたケーキを食べた。誰かが差し入れと思ったらしい。しかしそれはとうに賞味期限が切れてしまっているものだったらしく、葉月が来る前に腹痛を訴え たらしい。最初は鎮痛剤を与えて様子を見たが、それでは収まりそうにも無い。このままここにいても仕方がないので、マネージャーを伴い病院に向かった所、 食中毒と診断された。とても撮影など出来る状態では無いらしい。と言うことで、撮影は中止にして欲しいと言って来た。
しかし、夏ものの撮影期限は今日まで。代役を捜そうにもこの季節どこの雑誌も夏の新作を取り上げていて、モデルはほとんど空いていなかった。このままで は雑誌に夏の新作を載せることが出来ない。フゥッション雑誌のメインが無いものが売れるはずもない。困り果てていた所に、それなりの容姿でそれなりのスタ イルを持つ――何せ葉月と釣り合うぐらいだ――鷹谷があらわれた。モデルよりは劣るかもしれないが、文句は言っていられない。
と言うことで、鷹谷が急遽葉月の相手役として指名された。当然葉月は反対したが、カメラマンの


「お前が遅れなかったらこんなことにはならなかった」


の一言であっさりと却下された。自分も遅れた身なのであまり強くは言えず、渋々了承することになった。相手は素人、一体どうすればいいのか。きっとがち がちになってまともに笑顔も作れない……と思ったが。
葉月と一緒と言うこともあり、緊張はあまりしていなかったようだった。むしろ今まで見ているだけの世界に足を踏み入れ、喜んでいる様にも見える。タダで 夏の新作が着れる。女子高生なら喜ばないはずもない。
花椿吾郎の新作。今年はピュアとセクシーさを兼ね備えたレースを使った服が流行るらしい。彼が作れば何でも流行るが。
最後まで渋っていた葉月だったが、鷹谷の姿を見て息を止めた。


真っ白なレースで作られたワンピース。ウエディングドレスをモチーフとしているらしい。背中の大きく開いたワンピースはいかにも夏らしく、可愛さもあ り、セクシーさもある微妙なデザイン。膝下まであるスカートだが、膝の少し上にまでスリットが入っており、歩き方によっては足があらわになってしまう。ア ンバランスさを演出する膝まである黒い編み上げブーツ、そして頭にかかるヴェール。
髪をアップし、薄く化粧をしてもらう。プロの手にかかると少しだけで随分と顔の印象が変わる。
息を止めたのは葉月だけでは無い。発案者であるカメラマンもここまで化けるとは思わなかった。


「どうかな?似合ってるかな?」


全体を見せるようにぐるりと回る。レースが風に乗りふわりと揺れる。


「…………。」

「おっ、おかしい?!おかしいかな?!」


何も言わない、表情も変えない葉月に不安になってくる。おかしいならおかしいと一言言ってくれればいいのだが。誰も何も言ってくれない。益々不安になっ て来た。
次第に泣きそうになる鷹谷に葉月が呻くように


「……やばい」


呟いた。


「やばい?!そこまで酷い?!」

「いや……そうじゃなくて……」

「……」

「やばい……ぐらいに、可愛い。」


頬紅も塗っていないのに、鷹谷の顔が染まった。


順調に撮影は進んでいく。最初に葉月が一人で撮り、次に鷹谷。打ち解けた雰囲気にリラックスしたのか、固い笑顔も見せず自然体でカメラマンの指示通りに 動いた。
そして最後、二人同時に撮影。雑誌の表紙を撮るらしい。
葉月とカメラの前に立った途端先程まで自然体だった鷹谷の様子が変わる。隣に葉月が立っただけでがちがちに固まってしまい、笑いも引きつった笑いしか浮 かべられなくなってしまっていた。


「李子……大丈夫か?なんか、凄い顔してるぞお前……」

「だい、だいじょう、ぶ、よ?全然。」

「顔……凄い引きつってる。」


見るも無惨な緊張丸出しの笑顔に呆れ気味の葉月。
鷹谷の突然緊張したのには理由がある。それは表紙のコンセプト。互いの頬に手を当て、額を付ける。それは、顔同士がかなり接近することになる。最近特に 葉月を意識しだした鷹谷にとってそれはもう、大変なことなのである。
好きな人間と顔をギリギリまで近づける。それがどれだけ緊張することなのか、鷹谷の想いに気付いていない葉月に分かるはずもない。
とにかく撮影。時間が押しているのか段々と周りが忙しなくなっていく。雰囲気に呑まれ心の準備も出来ないまま、撮影に望む。
互いの顔を見つめる。先に動いたのは葉月。一歩近づき、自分の胸までしかない鷹谷の顔を両手で支え、上を向かせる。
コンセプトはキス直前のカップル。ファンがこの表紙を見たらなんと思うか。


「肩の力……抜け。……そうだ。大丈夫……無理に笑ったりしなくていい」

「うぅ」

「……李子」

「……うー」

「耳、貸せ」


何を言っても緊張が解けない。最後の手段と鷹谷の耳元に唇を寄せる。一瞬なにをするのかと周りがどよめいたが、次の瞬間には更に分けの分からない状況に なった。

鷹谷が突然笑い出したのだ。


「あははははは!!や、やだ、あははははははははは!」


先程までの固い笑顔とは違う自然な笑顔。驚くことに、葉月も笑っている。雑誌の中で一度も笑ったことのない葉月が自然な笑いを浮かべ鷹谷を見つめてい た。
手は、まだ鷹谷の頬。
この際高望みはしない。カメラマンが慌ててカメラを構え二人の顔をアップで撮る。シャッターを何度も何度も、切る。
ひとしきり笑った後、気が付けば撮影は終了。瞳の端に涙を溜めた鷹谷が不思議そうにカメラマンを見る。そして葉月を見た。


「撮影は?」

「……終わった」

「いつのまに?!」

「お前が、笑ってる間……」

「私凄い口開けてわらってた……」

「……。」


二月後、雑誌が発売された。表紙は葉月と鷹谷が向かい合い笑う写真。中は、葉月の写真と鷹谷の写真。夏の流行をふんだんに盛り込んだこの雑誌は売れた。 夏の最先端を走っていることもあったが、それよりもあの葉月珪の笑顔が載っていると言うのが売上に貢献した。一度きりのモデル経験ではあったが、鷹谷はそ れなりにいい経験をした。


「…………。」

「どした、珪。ああ、それね。この前の表紙の写真。結構いいから焼き回しして見たんだ」

「……一枚、もらっていいですか?」

「勿論構わないけど……なんだ、珍しいな。気に入ってるのか?その写真」

「……、……まあ、それなりに」


写真に写る二人の姿を、誰にも見られない所で嬉しそうに見つめる葉月。幸せそうに笑い合う二人と、昔、教会で笑い合っていたあの時を思い出した。


ちなみに、葉月が鷹谷に言った事は、前に鷹谷と見に行ったドンとPONと言うお笑い芸人のギャグ。
あの時言った


「……あのギャグ、覚えた」


は嘘ではなかった。


2002.0630

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