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warehouse 赴くままに乙女ゲーやハマったゲーム等のSSを期間限定で書き綴る予定です(゜Д゜)

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クローバー

 女の子なら誰もが一度は願う、いつか王子様が来てくれると言う事を。
学校の片隅にある教会、最初は何気無く見ていた教会。夢で見たような曖昧な記憶。男の子と二人、教会のステンドグラスにまつわる話の絵本を読んでくれた 男の子。あれは、夢だったのか現実だったのか。そんなことはどうでも良かった。今は、新しく始まる生活に胸を膨らませていて昔の事など気にしなかった。
しかし、あの頃から確実に続いていた。迎えに来る、話の続きをしようと約束した男の子。あの男の子は……





大学に入ってしばらくは生活環境に慣れることを第一とし、お互い連絡を取らなかった。六月も半ば、学校にも慣れて来た頃、お昼御飯を取ろうと学食に向か う。ガラスの扉を押し開け、空いている席を探す。昼食時より遅い時間に来たためか、生徒の数はまばらだった。
サンドイッチとアイスティーの食券を買い、トレーに乗せてどこの席に座るか見る。窓際の日当たりのいい席を辿って行くと見慣れた髪の色を見つけた。
口元に笑いを浮かべてそっと足音を立てないように近づき、後ろから声をかけた。


「葉月くんも今お昼?」


色素の薄い髪が揺れて、ゆっくりと振り返る。
葉月珪。現役大学生雑誌モデル。シルバーアクセサリーデザイナーを目指しながら大学に通っている。鷹谷李子の恋人。
テーブルをぐるりと周り、トレーを置く。
向かい合う形で座ると、葉月の目が細められた。


「ああ。お前も?」


フォークを持ったまま葉月が笑う。彼の今日のメニューはスパゲティボンゴレ・ビアンゴとモカ。もっと食べればいいのに、と思い自分の皿からサンドイッチ を一つつまみ汚れていない皿に乗せた。


「おすそわけ」


不思議そうにサンドイッチと鷹谷の顔を交互に見ていた葉月が、理由を聞いてまた笑った。
差し込む暖かい光を浴びながら二人のゆったりとした時間が過ぎていく。久しぶりに会った二人、つもる話は沢山あるはずだが、話す内容は大抵高校時代の事 だった。


「李子……今日、一緒に帰ろう。」

「うん、勿論!私も誘おうと思ってたんだ。葉月くん今日何限まで?」

「……このあと一限受けたら、終わり」

「それじゃここで待ってる」

「分かった。じゃあ……授業、行って来る」

「あ、葉月くん!」

「ん……?」

「………………寝ないようにね?」

「…………。」


神妙な顔で頷いて葉月が出ていく。トレーは自分がまとめて片づけるからと置かせて行った。サンドイッチはちゃんと食べたようだ。
同じ学校にいるのに高校の時と違ってなかなか会う事が出来ない。高校とは比べられない程広い。同じ学生と行っても学部が違えば会える確率は低くなってい く。加えて新生活への目まぐるしい忙しさ。今考えて見ればどうしてずっと話せなかったのか不思議なぐらいだ。
頬杖をついて外を眺める。行き交う生徒達は、高校生と違って少しだけ大人びていた。目を閉じる。思い出すのは高校の時のことばかり。
左手の薬指にクローバーの指輪が陽に反射して光った。








いつもと違う帰り道をゆっくりとした歩調で歩く。懐かしい風景を見ながら会話に花を咲かせた。時折口元に手を持っていき笑う鷹谷の左手薬指にある指輪を 葉月が幸せそうに見ていた。
臨海地区で潮風で受けながら歩いていく。いつもより遠回り、いつもよりゆっくり。大観覧車の前を通り抜けて臨海地区を抜ける。
海を抜けると木々が生い茂る道に出る。この先に行くと、葉月達が卒業したはばたき高校がある。どちらも何も言わないが、足は自然と学校へ向かっていた。
久しぶりに見る校門。つい三ヶ月前にこの門から卒業していったが、懐かしい気持ちは三ヶ月でも芽生えるものらしい。
門の前に立つ。今のこの向こうでは生徒達が学校生活を満喫しているのだろう。


「李子……」

「なぁに?」

「……あそこ、行ってみないか。教会」

「うん!」


二人が最初に出会った場所、二人が再び出会って、そして互いの気持ちを確かめ合った場所。
大学生が再び高校生に戻る感覚。少し前まで普通にこの門をくぐっていたのに、何故かドキドキした。知らない世界に足を踏み入れるような、ドキドキ感。
赤いレンガの建物。ここで鷹谷は葉月が自分の名前を子猫に付けているのを見つけた。
玄関、あそこで初めて葉月に家に来ないかと誘われた。
何もかも覚えている。どこで、何を話し、笑い合い、悲しみ、怒ったことも全て。
奥まった所にある教会。入学式の時は扉は閉じていた。卒業式の時扉は開いていた。今は……どうなのだろう。


「あ」


二人同時に声を上げる。
扉は開いていた。卒業式の時ように。驚いて顔を見合わせる。誰が、いつ開けたのか。立入禁止のはずの教会の扉が開いている。周りに人影が無いことを確認 し、教会に足を踏み入れる。
赤い絨毯が真っ直ぐに祭壇まで続いている。両脇には木で出来た長椅子が整列し、祭壇の上には見事なステンドグラスが光を吸い込み地面に同じ絵を描いてい た。
旅から戻った王子は何も持ってはいなかった。しかし、一枚のクローバーを姫に持ち帰って来た。右側に姫、左側に王子。この見事なステンドグラスは、現理 事長天野橋の父、前理事長の親友の作品らしい。ここに足を踏み入れる度に思う。見事な作品だと。
あのステンドグラスだけは幼い頃から忘れなかった。
赤い絨毯を歩き祭壇の前まで進む。卒業式、ここで一人でいると扉が開き、葉月が現れた。今までの想い、昔の想い、そしてこれからの想いそれら全てを鷹谷 に告げた、想い出の教会。

左手の薬指にはまっている指輪も、ここで葉月にプレゼントされたものだ。
何気なく自分の左手を見る。薬指にはシルバーのクローバーをかたどった指輪がはめられている。指輪を見つめながら微笑む姿を葉月が見つめる。ステンドグ ラスの下、二人別れることなど考えないで遊んだ日々。そして唐突に訪れた別れ。あれから月日が経ち、次第にあきらめの人生を送り始めていた。本当に望んだ ものは手に入らない。そう思っていた。
高校に入り、見つけた懐かしい教会。ここに、あの頃の自分と彼女はいない。もう、いない。
教会の前に立っていた一人の少女。何処かで見たような姿。声をかけようとした瞬間、彼女が振り返りこちらに突進して、そしてぶつかって転んだ。助ける義 理は無いはずだが、自分にぶつかって転んだのだ。とりあえず形だけでも助けた方がいい。手を差し出すと、顔が上がった。
その時の衝撃。
あの時と変わらない笑顔、声、仕草。
閉じこめようとしていたものが溶けだし一気に体に吹き出ていく感覚を今でも思い出す。あの時から始まった、再び始まった想い。そして叶った望み。


「今、思い出してた?卒業式の時の事」

「ああ、それと……もっと前のことも」

「入学式?」

「……もっと前も」

「……約束した頃?」

「ああ……」


ステンドグラスの王子側に葉月が立ち、姫側に鷹谷が立つ。お互いの顔を見つめ合う。


「ここでこの指輪、もらったんだよね」

「……こうやって」


葉月が膝をつき、卒業式にしたように左手を持ち、クローバーの指輪を見つめる。クリスマスに渡そうとしていた指輪は、卒業式に渡された。愛の告白をした 後に。沢山の想いを詰めて作った幸せの四つ葉の指輪は、錆びることなく愛しい人の左薬指に収まっている。


「姫……迎えに参りました」


呟いて、銀色の四つ葉にキスをする。


「あなたを、待っていました。ずっと、ずっと……」


キスをする王子を愛おしそうに見つめ、姫が返す。
葉月が微笑む。幸せそうな笑顔を浮かべ鷹谷を見つめる。鷹谷の左手を両手で包みながら立ち上がった。


「ここに来たの、これで四回目」

「もう一度……来る」

「大学の卒業式で来るんだ!思い出ってことで!」


首を横に振る。違うらしい。


「え、え、分かんない……成人式?いや、違うよね。成人式はやる所が違うし」

「結婚式」

「誰と誰の?」

「…………鈍い。相変わらず」

「なによう!」

「俺と……お前。」

「っ!!」


極上の微笑み。照れたような微笑みを浮かべて左手を包む両手を強く握る。遠回しの、未来のプロポーズ。


「結婚式の、練習……するか」


言って、左手を握る両手を外し、そのまま上に上げて頬を包む。何をするかは想像はついた。自分も両手を上げ、頬に触れている両手に上から自分の手を重ね た。目を閉じる。そっと、唇に触れる。
目を開ける。微笑む葉月が目の前にいる。
もう一度この教会に来よう。今度は二人が結ばれる日に。その時は、もっと騒がしいかもしれないけれど。
人前で、見せつけてやるのも悪くはない。

互いの手を重ね合う恋人達。王子と姫が向かい合うステンドグラスが、新しい王子と姫に祝福の光を注ぐ。
ステンドグラスの真ん中、十字架のかけられたすぐ下、王子と姫が見つめ合うステンドグラスの中央に、鷹谷の左手にはまっているクローバーがそっと、二人 の幸せを祈っていた。


どうか、幸せでありますように。



2002.0629

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