巨大都市シュテインビルドの一画、イーストシルバー地区に一件のカフェがある。ブロックスブリッジとシュテルンブリッジの間にあるその店は、知る人ぞ知る老齢なバリスタが淹れるコーヒーが絶品と評判の店だった。
「いらっしゃいませ、何名様でしょうか?」
重厚な扉を開けると老齢なバリスタではなく、若い女性が人好きのしそうな笑顔で客を出迎え手慣れた手つきで客席に案内し、オーダーを取りカウンターの奥でサイフォンを磨くマスターへと注文を伝える。
いつもの通りのいつもの風景。知る人ぞ知る名バリスタのいる隠れ家的カフェ。紳士淑女の通うそんな店、だった。最近までは。
「よー、
~」
「…イラッシャイマセ」
ベルの音と共に入ってきた客の顔を見てこの店のウエイトレス、
のこめかみがぴくりと動く。白と黒のハンチングボウに帽子からはみ出る堅そうな髪に顎の綺麗に揃えられたひげ。黙っていればそれなりにナイスミドルに見えそうなものなのだが、彼女、####は見とれるような素振りは見せなかった。顔は笑っていたのだが、目は思い切り笑っていない。
「イツモノカウンターデヨロシイデスカ」
「おいおいおい、なんでそんな機械みたいなしゃべり方なんだよ。いつも通りにやればいいじゃないか」
(出来てるならとうにやってるわよ! 他にお客さんがいるんだから出来るわけないでしょうが!)
言いたいことをぐ、と腹に堪えマスターとも顔見知りであるこの男、鏑木・T・虎徹を半ば無理やりカウンター席へと追いやり代わりにマスターがカウンターに置いた客へのコーヒーを取り、客席へと逃げるように虎徹のそばから離れた。
「うわ、嫌われたもんだなぁ」
逃げる
の背中を見送りながら傷ついたような言葉を吐くが、虎徹の顔は笑っていた。
******
と虎徹が出会ったのは二間前、ある出来事がきっかけだった。夜、スーパーで買い物を終えた虎徹が通りがかった公園で何か光るものを見つけた。ぱっと弾けては消える、そんなことを繰り返す光のようなものに最初は公園の電灯が切れかかっているのかとも思ったが、不可解な光は地面でその動きを繰り返していた。
「誰かが花火でも……してるわけないよな」
花火にしては色は一色、ぱちぱちと音もしない。さらに言えば花火はあんな動きはしない。
ヒーローの嗅覚か、ただの好奇心か、かぶっていたハンチングボウを深く被り直し、光が弾ける方へと歩き出す。距離はどんどんと近づき、足元の光が弾ける瞬間、そこに人の足が見えた。どうやら細さからして女性の足らしい。
「……ーん」
「?」
光の弾ける瞬間、小さな声が虎徹の耳に入ってくる。小さすぎて何を言っているかまでは聞き取れなかったが、光の前にいる人間の顔は見て取れた。
「やだなぁ、こんなの……。どうして私がこんなのに……」
「どうかしたのか?」
「!!??」
何やら落ち込んでいる様子の女性に持ち前のお節介心が動いたのか、つい虎徹が声をかけると人がいるなどと思ってもみなかった女性が驚いた顔を上げた。
「ああ、悪い悪い。なんか沈んでるっぽいからどうしたのかなーってうおああああああ!?」
驚かせたことを詫びようとした虎徹の持っていたスーパーの袋がいきなり爆発した。
買ったものは生鮮食品やらカミソリやらの生活用品。リンゴとティッシュを袋に一緒に入れると爆発するのか、などと一瞬考えかけたがそんな事あるわけがない。その証拠に爆発したのはスーパーの袋だけではなく、虎徹の足元にも及んでいた。
「ちょ、なんだこれ! ええ!?」
日頃ヒーローとして大抵のことには免疫は付いてるはずの虎徹だったが袋やら地面やらがいきなり謎の爆発を起こせば混乱したくもなる。
爆発は逃れようとする虎徹の足元を執拗に狙い続け、爆発の規模はどんどんと大きくなっていく。
(ただの爆発じゃない、NEXTか!)
爆発などそう簡単に起こるはずはない。しかもこれだけ連続となると特殊能力保持者、NEXTの仕業に違いない。そして今ここにいるのは虎徹ともう一人、虎徹が声を掛けようとした女性。選択肢は一つだけ。
「おい! いきなりなんてことしやが……る?」
拳を握りしめ、いつでも力を使えるように準備をし、虎徹が怒声を上げ相手を睨みつけたが最後の最後で語気が下がる。
光で人の気を引き、近づいてきた人間の周辺を爆破し、金品の類を盗むNEXTの強盗かと思い込んでいた虎徹の読みは百八十度違った。
「あ、あぁ、あ……」
爆発を起こしていたであろう当の人物が、一番脅えていたからだ。

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