黒の騎士団、戦闘隊長であるライと、紅蓮二式を駆るエースカレン。二人は同じ学園に籍を置く――ライは仮入学ではあるが――ものとして少なからず会話をする機会は多い。特に騎士団からの連絡をライへと伝えているのはほとんどカレンだ。そんな事からか騎士団内部では最近一つの噂が立っていた。
――ライとカレン、本当はただならぬ仲ではないのかと。
君の為の僕、僕の為の君
ライへの指令書を手に、カレンはアジトの廊下を歩く。足取りは心なしか軽く、口には歌を乗せて。
今度の作戦にはカレン、ライ双方の力を合わせなければ成功は難しい。そうゼロから言われカレンはためらう事無く
「あいつと私なら大丈夫です!」
そう答えていた。
後々考えるとかなり恥ずかしい気もするが、言った事は嘘ではない。実際ライの月下と自分の紅蓮二式があれば、ブリタニアですら打ち壊せる気がした。黒の騎士団にとって、ライは大きな戦力になっている。カレンと同等か、それ以上のナイトメアフレーム操縦技術、正確な行動予測と指揮能力。ゼロの指揮に唯一真っ向からものを言える人物でもあるライを、カレンは少しだけ尊敬していた。
あの日、シンジュクゲットーで見せた操縦技術を信じ、黒の騎士団に勧誘したのは間違いではなかった。ついでに言えば学園でも騎士団でも一緒にいれる、なんてことは心の隅に慌てて追いやって。
にやけそうな顔を引き締め、ライのいる格納庫へと向かう。最近ライはラクシャータのいい実験体と化している為、格納庫にいるのが多い。面白いデータが取れるとはしゃぐラクシャータを止めようとするカレンを、ライは肩に手を置きいいんだ、と言っていたのを思い出す。そしてライに触れられた肩の感覚も思い出し、カレンは一人頬を染めた。
「ライ、いる?」
「いるよ。ちょっと待ってくれ、今そっちに行く」
愛機のコックピットにもぐりこむ様な形でいるライが、カレンに答え外へ出てくる。銀灰の髪が揺れ、前髪から覗く瞳がカレンを見ると、柔らかく微笑む。
心を許している人だけに見せるこの微笑みにカレンは照れ笑いで返し、持っていた指令書を上げ新しい指令が来た事を伝えると、小さく頷いたライが月下から降り側に居た団員にラクシャータに渡すデータファイルを手渡し軽く手を上げ挨拶を済ませると、カレンのいる所へと駆け寄ってきた。
「ごめん、カレン。いつも持ってきてもらって」
「気にしないで、ついでだったから。それよりまたラクシャータさんの実験に付き合ってるの? あんまり無理しないでよね、あの人に付き合いだすとキリがないから」
「心配してくれてたのか?」
「し、心配なんかじゃないわよ! 私は、ただその……ライが倒れたら作戦がうまくいかなくなるから……ッ!」
慌てて言うカレンにライは微笑を崩す事無くゼロから預かってきたと言う指令書を受け取り、黙読を始める。途端、ライの顔から笑みが消え時折「そうか……」などと呟きながら概要を把握していく様をカレンはじっと見つめる。今は親しい人間に向ける顔ではなく、戦闘隊長としての顔。カレンは自分に向けてくれる優しい微笑みのライも気に入っているが、戦闘隊長として見せるライの顔も好きだった。
「……分かった。カレン、あとでゼロに作戦の修正箇所を提言したいって伝えてもらえるかな」
「そんなの自分で行きなさいよ、私だって暇じゃないんだから」
「あ、そうか……そうだな、分かった。後でゼロのところに……」
「うそよ、う、そ! 本当にもう、冗談通じないんだから。そんなんじゃまた玉城にからかわれるよ?」
この冗談の通じない、真面目すぎる所も嫌いではない。からかわれたことに気づいたライが口元を手で覆い、恥ずかしそうにしているところも、カレンは気に入っている。
つまりライという存在全てが気に入っているらしい。
そんな仲睦まじい二人を、遠くから覗いている影がある。最近王城の紹介で入ってきたと言う女性隊員二人。ゼロの熱狂的な崇拝者であり、ライとカレン両名のファンであることも自称している。
「ちょっとちょっと、今のライさん見た!? 私達には見せない笑顔だったわよ!」
「それならカレンさんもよ! 扇さんや玉城さんと一緒にいるときとは全然違う! なんていうか、女の子~って顔してる! これってやっぱり、ラブだよねぇ」
「でもあの二人って付き合ってないんでしょ?」
遠くでそんなことを言われていることなど知る由もない二人は今度の作戦と標的について話す。
「少しゲリラ戦的な戦いになりそうだな。敵将の性格データを見ればこの作戦は成功するとは思う。だけど……」
「白カブト……スザクね」
「あのランスロットと言うナイトメアフレームは厄介だ。どんなに緻密な戦略で臨んでも力でねじ伏せてくる。それだけの力がランスロットには、スザクにはある」
たった一騎で戦局を引っくり返すことの出来るナイトメアフレーム。それが今のブリタニアにはある。作戦にはランスロットが出てくるパターンも書かれていたがこれでは少し不安要素が残る、ライが言うとカレンもまたライに同意するように頷く。直接戦ったことのあるカレンにもあの力の恐ろしさは充分に分かるが、かと言ってカレン自身も負けるつもりは更々無い。
一通り指令書に目を通したライが顔を上げ、深く息を吸い込む。その顔色が少しだけ悪いことにカレンは気づいた。
「顔色が悪いわよ、ライ」
「ああ……分かってる」
「無理しないで少し休んだら? ラクシャータさんにも言っておくから」
「疲れてるわけじゃないから、平気だよ」
「他にあるの? 心当たりが」
「……空腹」
「はぁ!?」
気まずそうに目を逸らしたライが呟いた顔色の悪い理由に素っ頓狂な声で答えたカレンがじっとライの横顔を観察すると、少し痩せたようにも見えた。
「今日、何食べたの?」
「……パンを一つ」
「昨日は?」
「…………パンを一つ」
「……一昨日は」
「………………パン一つ、です」
段々と小さくなるライの語尾と反対に大きくなっていくカレンの語尾。最後には怒りすら込められているように思えた。
確かに戦闘隊長は激務だ。更にライはゼロの作戦補佐的な立場も担っている。それは分かっている、分かってはいるが、怒りは抑えられない。
「食事を軽く見るな!!」
「カレン?」
「パンパンパン、パンばっかり! しかも一個だけ!? そりゃ顔色も悪くなるに決まってるでしょ!」
「いや、忙しくて食べる暇が……」
「口答えしない!!」
「……はい」
カレンの気迫に思わずライがその場に正座する。青筋すら浮かんでいそうな顔を直視することが出ず、うな垂れたままカレンの説教は続く。
「どうせ一食でも大丈夫とか思ってたんでしょ? ふざけないでよね、いい? 私達はナイトメアフレームのパイロットなのよ? 操縦桿握るのだって、勿論乗るのだって体力いること、知ってるでしょ!? それにライは頭だって使ってるんだからその分多く栄養取らなくちゃいけないの!」
「はい……ごめんなさい」
まだ、続く。
「今ライに倒れられたら困ることぐらい、分かるでしょ? それとも何、倒れるかもしれないと思いつつ動いてるわけ!?」
「……ごめ……うわっ!」
「ほら、行くわよ!」
「え、どこに……」
「食堂! 今から何か作ってあげるから、それ食べて少し休みなさい!!」
「でもまだ仕事が……」
「口答えしない!」
首根っこを掴まれ、引きずられるように格納庫から連れ出されていくライをその場にいた団員は目を丸くし、かといって何ともいえないカレンの迫力に口を挟めず二人の姿を見送った。壁に隠れていた新団員も例外ではなく二人の姿が完全に消えたのを確認してから顔を突き合わせ、声を潜め複雑な顔をしながら互いを見やる。
「恋人って言うより、親子?」
「……カレンさん、お母さんみたいだったね」
「だけどあれ、聞きようによってはしっかり奥さんと不精な旦那さんな気もしない?」
「あー……そうかも」
「でもでも、なんかいいよね! カレンさんとライさん!!」
「うんうん、お互い必要としてますってオーラ出てた!」
翌日から決まった時間にライを呼び出すようになったカレンの手には、弁当が二つあることを彼女達が知るのはもう少し先のこと。そしてライとカレン、お互いが本当の恋人になるのも、少しだけ先の事。

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