高校生活最後の学園祭、俺のクラスは演劇をやることになった。女子が俺に王子役をやれだとか言って来たけど、断った。別に俺じゃなくてもいいだろ……。
だけど、俺は三日後王子をやることを承諾した。理由は……
望み
ドレスを着て照れくさそうに笑ったあいつ。俺のことを本物の王子みたいだ、とか言ってた。まあ、役だから……王子だろうな。
舞台は滞り無く進んでいく。あいつがシンデレラ、俺が、王子。継母とその娘達に虐げられていたシンデレラが、魔法使いの力で城に行ってそこで王子と恋に 落ちる。だけどシンデレラのタイムリミットは12時。王子とダンスを踊っていたシンデレラは鐘の音を聞くと、王子の手を振り払って逃げてしまう。
……行ってしまう。
あいつが、俺の手を離す。
眉を下げて悲しそうに
「さようなら!王子様!!」
と言う。
手にはまだ暖かさが残ってるのに。
この手は、確かにあいつの手を掴んだのに。
また離れていく……もう何も望まないと、そう決めたのに。
あの時一緒に居てやれなかった。泣いて、泣いて、もう会えないことを知ったあいつはひたすら泣いた後、笑ったんだ。そう……今みたいに寂しそうに。
「ダメだ!!行くな!!」
芝居だっていうことを完全に忘れて、離れていくあいつの背を呼び止める。本当なら王子はシンデレラの落としたガラスの靴を拾ってセリフを言わなくちゃな らないのに。だけど、耐えられなかったんだ、あいつが俺の傍を離れていってしまうのが。あいつにだけは『さようなら』は言われたくない。
あの時あの教会でした必ず迎えに来ると言う約束を、俺は忘れてない。けれどあいつは覚えていない。
場内が一斉に静かになる。観客達も王子が姫を止めるとは思って無かった……と思う。言ってから気が付いた。もしかして俺は……とんでもないことを口走っ たんじゃないかと。
とりあえずこの場をなんとかしなくちゃならない。あいつも、驚いて立ち止まったまま俺の顔を見てる。
「……間違えた。」
正直に、言って見た。場内が一気に湧く。別に面白いことを言った覚えはないんだけどな……。
あいつも場が動いたのが分かって慌ててセリフを言って去ってく。そうだ……これは芝居なんだ。あいつは走って行くけど、俺の傍から居なくなったり、しな いんだ……。
芝居が終わって、あいつが俺の所に走ってくる。……ああ、そんな大股で走ってると、ドレスの裾、踏むぞ。
「きゃっ!」
ほら、みろ。
転ぶ直前に、あいつの体を抱き留めてやる。髪から香る香りは、確か修学旅行の時初めて知った香りだ。
「……大丈夫か、李子」
「あは、あはははは。やっちゃった。ありがと、葉月くん」
顔、赤くして笑ってた。恥ずかしくて笑ってるのか、俺が抱き留めてるから赤くなってるのか、分からないけど。李子の体は柔らかくて、離したくなかった。
肩に置いてた両手をそっと背中に回してみる。周りには誰もいない。別に、いてもいいんだけど……。
すぐに反応が返って来た。体一瞬震わせて、赤い顔もっと赤くして、俺のこと見上げてる。知ってる、この顔は……嫌がってる顔じゃない。ただ、照れてるだ けなんだ……。
「……しっかりしろよ、姫。」
「えへへへ」
背中から手を外すと、シンデレラの恰好のまま照れ笑った。
その顔、俺……凄い好き。口に出しては絶対言えないけど。
同級生に呼ばれてあいつが呼ばれてる。多分写真でも撮るんだろ。
「リコー!早くー!!」
「あ、うん今行くー!」
手を振り返してそれに答えると、スカートの裾つまんで歩き出す……かと思ったら……なんだ?振り返って……俺の顔見て。
「葉月くん」
「ん……?」
「あのね、あとで……写真、一緒に撮ってくれない?」
「……なんで」
「葉月くんが王子役で、私が姫役だったこと、嬉しいから……。だめ?」
「……分かった。この恰好のまま待ってるから、行って来いよ」
「うん!」
この恰好のままいるのは恥ずかしかったけど……あいつの頼み、断れるわけないし……。それにモデルの仕事なんかより全然嬉しい。モデルの女と撮るより ずっといい。
芝居が終わって、観客もいなくなる。聞こえてくるのは表で片づけてる音だけ。
入学式で見た時にすぐに分かった。あいつだって。幸せそうな笑顔はあの時から変わってなくて……。だけど、俺は、言えなかった。あの頃と、俺は……全然 違って……あいつの前に立つ資格が……無いと思ってた。本当に欲しいものは手に入らない。だから何も望まない。そう思ってる俺があいつの前に立てるわけが ない。そう、思ってたのに……。
今は、なんとなく違う。本当に望めば、手に入るのかもしれない。俺の欲しいもの、それは目の前にある。伸ばせば届く距離に……ある。あいつは離れていか ない、俺の傍から離れない。俺の傍で笑って、俺を見つけて嬉しそうにしてくれる……。
気付かない内に、俺は笑ってた。
あいつのことを考えて、笑顔を思い出して。それだけで幸せな気持ちになる。だから、傍にいない時はそれだけ寂しくなる。我が侭な気持ちがわき上がって来 るのを、抑えるのに必死だ。
また、足音がする。見なくても分かる、このリズムはあいつの……李子の足音。帰って来たんだ……俺の傍に。
「お待たせ!」
ドレスの裾をつまんで俺の傍に立つ。後ろから、友達がカメラを持ったまま付いて来てた。
「あ!いーこと思いついちゃった!リコ、アンタ葉月くんにお姫様抱っこしてもらいなよ!」
「え、ええ!?だ、だめだよそんなこと!」
別に全然いいんだけど……。
「お姫様と王子様なんだからいーじゃん!」
「だけ、だけどぉ!」
「もー!よし、葉月!リコのこと抱っこしちゃえ!」
「ちょっと、なっちゃん!!」
「リコ……」
「葉月くん?!」
埒があかない。
言い合ってるあいつの後ろから手を入れて、抱き上げる。流石にいきなりは驚いたのか、友達も唖然としてた。……何だよ、これしろって言っただろ……?
「リコ、あんまり……動くな、落ちるぞ……」
抱き上げた腕の中でまだ慌ててるリコに言うとやっとおとなしくなった。嫌じゃないなら、いいだろ。俺は……嬉しいけど。
カメラが向けられる。仕事で見慣れてるのとは全然違う使い捨てのやつだったけど、こっちの方がずっとやりやすい。フラッシュに一歩遅れてシャッターの音 がして、リコを下ろす。流石にこのままにしてたら可哀想だからな。
「ごめんね……重かったでしょ?」
「……ああ」
「えぇ!!!!」
「……冗談。抱き心地、良かった。俺の抱き枕にしたいぐらい」
しまった。つい本当のこと言った。
リコが顔真っ赤にしてる。やばいな……なんか、最近こういうこと言うの多くなったよな……俺。今まで言う相手がいなかったんだけど……。なんか、いい な、こういうの。
抱き枕に出来たらいいよな、本当。
居なくなったと思ったら、また傍に来てくれる。凄く嬉しい。だけどこいつはそんなこと考えて無い。だから余計に嬉しい。
冬が来て、春が来て……俺達は卒業する。
リコも、俺も同じ大学に進学を希望してる。俺は……家から近いからだからだけど。卒業しても俺達は一緒にいられる。
だけど、卒業する時に話しておかないといけないことがある。大切な、大切な話し。
伝えたい言葉と、想い。
俺の傍に、居て欲しい。
もう、離したくない。
あの教会で、俺はお前を迎えに行く。
そして王子は、深い森を抜けて一枚のクローバーを持って帰って来ることを、話してやる……。
あの絵本の……続き。俺の想いの……続き。
2002.0624

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