壇の受難
《転校生》と言うものはいい意味であれ、悪い意味であれ目立つ存在だ。それが、季節外れと頭に付いていれば尚のこと。OXAS日本支部より《封札師》として東京都新宿区にある鴉乃杜學園に派遣された七代千馗の存在と行動は人の目を引くには十分過ぎる存在だった。
ある生徒によれば屋上で何やら白い鳥に向かって喋りかけていただとか、またある生徒によれば昼休み食堂であんこ玉を大量に購入していただとか。はたまた別の生徒によれば美術室を物色し、美術用のパンを嬉しそうに懐にしまっていただとか。
噂と言うものは尾ひれがつくのがお約束だが、この七代千馗に対する話は尾ひれの一つもついていない事実だった。だからこそ、困るのだ。
主に彼と行動を共にすることの多い、壇燈治が。
「ねえねえ、聞いた? 七代君が鴉羽神社であらぬ方向見て笑ってたんだって!」
「…………」
「えー、私が聞いたのはカレー屋で全身タイツ買ってたとか言うのだったけど。てかカレー屋でなんで全身タイツ売ってんの?」
「……」
「何ていうか七代君て、見た目はいいけど……残念なイケメンて感じがするね……」
クラスメイト達の七代に関する話を聞きながら壇は自分の眉間に皺が寄っていくのを感じた。彼の正体、つまり《封札師》としての仕事や焼却炉で起きた事件等を経験していれば白い鳥こと白鴉、白札の化身白の事で、あんこ玉を大量に買っているのは依頼人から頼まれたもので、パンに関してはあまり考えたくは無いが恐らく食べているのだろう。神社であらぬ方向と言うのは七代曰く《秘法眼》を持っていると神社の神使が見えるとのことなので、その神使とやらと話していたのだろう。カレー屋の全身タイツは洞に潜る時の装備など事情を知っているものならば何もおかしくは思わないのだが、事情を知らない一般の人間からすればおかしく映って当たり前なのだ。
七代の評判の事を思えば自分が割って入って違うんだ、理由があるんだと言ってやるべきなのかもしれないが、壇はまだ続くクラスメイト達の七代目撃情報に耳を傾けつつ心の中で盛大な溜息をつく。
(……変な情報ばっかりでしかも全部事実だからフォローのしようがねぇ……)
一つ二つならまだしも七代の奇行とも取れる行動は片手で数える事はできず、フォローすればするほどどつぼにはまりそうな勢いだった。
七代当人が居ないことをいい事に段々とお互いの目撃談に興奮してきたのか徐々にクラスメイト達の声が大きくなるにつれ、壇の眉間の皺の深さが比例していく。このままここに居ては消えない皺が出来かねないと席を立ち、昼休みの騒がしいクラスを後にした。
目的地は、屋上。
「――食べるなとは言ってないよ。ただ少し控えて欲しいって言ってるだけで」
「其方が部屋に置きっぱなしにしているのが悪いのであろう。妾に食べられたく無くば鍵を付けた箱にでも入れておけばよかろう」
「だから……。食べるなとは言ってないって。ポテトチップを一気に四袋も食べるなって言ってるだけだろ」
「食べたいから食べただけじゃ。いくら仮の《執行者》と言えど妾の食生活まで口を挟むでないわ!」
「ああもう――」
扉を開ける前に、賑やかな声が聞こえてきた。誰だと考える必要もない。一人は噂の張本人、七代。そしてもう一羽、否。もう一人は――。
「おい七代。声外まで聞こえてるぞ。お前ただでさえ悪目立ちしてんだからちょっとは気をつけろよ」
「やあ、壇。え、悪目立ちって……俺そんなに目立ってる?」
「……白い鳥っぽいモンに話しかけたり、食堂であんこ玉大量に買ってたり、美術室からパン漁ったり、神社で何も無い方向いて笑ってたり、カレー屋で全身タイツ買ってたりする奴が悪目立ちしないって言い切れんのか、お前」
「あー……」
数々ある噂と言う名の目撃談の一部を上げてやると七代の目が泳ぎだす。どうやらおかしい行動をしている、と言う認識は自分でもあったらしい。
「し、白い鳥っぽいのは白(まお)の事で、あんこ玉は料亭のおかみさんがよく依頼して来るからすぐ渡せるようにしてるだけだし、パンはうまい棒挟むとうまい棒ロールになるし、神社に帰ると鈴と鍵がお帰りって言ってくれるからだし、タイツは菊に盃で札強化する為だよ」
「お前、今自分で言った事噂してた奴等の前で言えんのか? あと美術室のパンで謎のロール作るな。あれは木炭消すためのもんだろうが。なんだうまい棒ロールって」
「うまい棒ろーる? なんじゃそれは。七代、妾に隠れてそのような美味そうなものを作っておったのか!」
「う……」
真実を言った所で七代に向けられる視線はきっとわけの分からない事を言う可哀想な人だろう。壇や七代の事情を知らない人間の誰が信じるのだろう、こんな話。別のところに食いついてきた白は置いておくとして反省を促すように少し強めに壇が言うと手袋のはまっている右手で自分の額に手を当て、七代は空を仰いだ。
「紙袋被った四角大好きな後輩とかすぐ切腹しようとする後輩とか他校の窓から逆さまで登場する奴とか殴られて喜ぶ奴とかに慣れすぎて常識ってのを忘れてた……。極秘任務なのに俺何してるんだ……」
「七代! 妾の質問に答えぬか! うまい棒ロールとはなんじゃ!」
「ま、まあそれに関しちゃ同情はしてやるが……ッてうるせえよ白札! 今変なロールの話してる場合じゃねえだろッ!」
七代と壇、二人の会話に割って入ってくる白い鴉姿の白に壇が思わず怒鳴ると不満げに羽を羽ばたかせ、くちばしで壇の黒い頭を容赦なくつつきだした。硬いくちばしの容赦ないどつきに最初は手で払っていた壇だったが、あまり長くは無い堪忍袋の尾が切れたのか頭上ではためく白を捕まえようと拳を突き出すが白はそれをふわりふわりと綺麗に避けていく。それが余計に壇の苛立ちを加速させた。
「ッの! 話の邪魔すんなってんだよこの白札! うろちょろすんなッ!」
「其方こそ妾の話の邪魔をするでない! 今は七代の行動よりうまい棒ロールの方が大事じゃ!」
「うまい棒ロールうまい棒ロールうるせぇよそんなに食いたいなら後で俺がパンとうまい棒口にぶち込んでやる!!」
いつの間にやら話題の中心であったはずの七代の存在は何処へやら、壇と白の言い合い中心へと変わっていってしまっていく。最初の話題の中心の当人と言えば自分が今までやってきた行動を振り返りその常識の無さっぷりに居た堪れなくなり屋上の冷たいコンクリートの上を頭を抱えながらごろごろと転げまわっていた。
はたからみたらこれはかなりアレな風景なのかもしれない。こんな姿クラスメイトに見られたら一体どんなことを言われるか――。
「ねえ、ちょっとあれ……」
「やだ。七代君だけじゃなくて壇君まで……?」
手遅れだった。
悪目立ちしている友人に良心で忠告しようとした壇だったが結果は――。
「聞いた? 昨日のお昼休み七代君と壇君が屋上で変な儀式してたらしいよ」
「えー……。七代君だけならまだしも壇君まで?」
「なんか七代君は屋上の地面ごろごろ転がってて、壇君は白い鳥にうまい棒とロール口にぶち込んでやるとか何とか怒鳴りながらながら掴みかかろうとしてたらしいよ」
「……うわあ」
クラス中に広がっていた。
今回声が少し小さいのは、噂の二人が教室の隅にいるからだろうか。
「おい七代……」
「なんか、えっと、ごめん壇……」
今にも殴りかからんばかりの壇に七代が出来る事と言えば、謝る事しか出来なかった。

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